これは「今」の時代の予言なのか
未来が見通せない時、人は「空想的な希望」を抱き、「根拠のない恐れ」を覚え、あわてふためく。そして、過去の試練から教訓を得たくなるのであろう。フランスのノーベル賞作家カミュ(1913-60)の代表作『ペスト』が、新型コロナウイルスの感染拡大が問題になった今年だけで15万部超が増刷され、1969年の邦訳初版刊行以来ミリオンセラーとなった。
ペストの大流行で町が封鎖され、死臭をまき散らして人々が亡くなるアルジェリアの港町の物語である。今日の日本の状況とはかけ離れているように思えるが、重ねあわせて読むと発見がある。〈ペストや戦争がやってきたとき、人々はいつも同じくらい無用意な状態にあった〉という記述は、どうも身近な国にはぴったりだが、過去のウイルス禍に学び、封じ込めに成功した感のある韓国、台湾には当てはまらない。ペストは貧富を問わず誰にも平等に襲いかかったが、生活の困窮には不公平があったという記述は今日もそのまま。人類は進歩したのだろうか。
人類が恐れるウイルスも進化の産物で、世界の多様性のひとつである。「多様性の尊重」は必要か?カミュは本作で、仕事への「誠実」をモットーに献身的に医療に励む主人公にこう語らせる。「子供たちが責めさいなまれるように作られたこんな世界を愛することなどは、死んでも肯(がえ)んじません」。
この表現に、不寛容の果てに人を隔離、殺戮した全体主義への反抗も込めたとされるカミュは、「死んでも肯んじません」と記した“不条理”の再来を予言していた。小説はペストの終息に沸く住民の歓声をよそに、「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもない」という記述で終わる。『ペスト』には、コロナ後の世界を考えさせる力がある。
著◎カミュ
訳◎宮崎嶺雄
新潮文庫 750円