厄介な「社会は男性のもの」思考


「女流って気持ち悪いなやめてよね」これは、「女流」というのがメインとは違う流れだという意識があります。しかし、女流として認めたくある社会。そして「からめとろうとする手をはたく」のからめとるとはさらに複雑。受け入れる、手をとる、といった言葉より、もっと厄介な裏取引のある言葉のように感じます。


つまりここまでにおいて社会は男性のもの、そこで女性が活躍するには、男性ができることもできなければならない。つまり社会が両性のもの、という意識が、とてつもなく薄い……確かに! この発想が「ともに歩む」どころか「受け入れる」でもなく、女性を女流と呼んで「からめとろうとする手」に近い……。男性社会のままでいようとするこの社会の共犯者に、女性を「女流」として招き入れる行為なのですね。


女性が社会に進出するのは素晴らしいこと。しかしその成果をつくろうと躍起になって相手がのぞんでもいないのに女性の管理職を起用し、女性が活躍しているていを作る会社も少なくないとか。難しいことでございます。普通に男性も女性も社会でのびのびと活動する世界に、まだ足を踏み入れたばかり、と言っていいのかもしれませぬな。


大田美和さまは大学の文学部の教授でもあり、文学を極めつつ、女性が一人でキャリアを築くさまを編年の歌集で見ることができます。この歌集はその中でも当時の若い作者が苛立ちもときめきも勇気も全て詰め込んだような歌集でございます。


帯文には「この人生で、わたしはいったい何ができるだろう? 恋人、結婚、女たち・男たち、セクハラ、夫婦別姓、そして病と死を凝視したすえの新しい生命のめぐみ……。 “あなた”はどのように生きているのですか」と今読んでも活動的で刺激的な言葉が走ってございます。