一人の孤独な戦士として

チェロを抱くように抱かせてなるものかこの風琴はおのずから鳴る  『水の乳房』

今よりもっと女性が受動的な形で社会に認知されていた時代。この歌は誇り高く響きますな。チェロは女性の体を思わせるような形をしていますが、そのように抱かせてなるものかというのですね。相手に鳴らされるものではなく、わたしは自分から鳴るのだ、と。ここには性愛を匂わせながら根本にあるのは男女の関係性の構築のように感じます。男が操作して動く関係ではなく、自分から動き出す関係なのだと。
その中で、次のような機知の利いたユーモラスな歌も魅力的です。

スエヒロで婿(むこ)と舅(せうと)が酌み交はすうまさけ美和を扱ひかねて                             『水の乳房』

スエヒロはおそらく料理屋の名前でしょう。そこで婿、自分の夫と、舅がお酒を酌み交わしているというのですね。なにを話して酌み交わしているかと言えば「うまさけ美和を扱ひかねて」。「うまさけ」は枕詞で「三輪」にかかり、また素晴らしいお酒という意味にかかる言葉です。しかしここの「みわ」は「三輪」でなく作者の名前である「美和」。ここでは枕詞が独創的な働きを見せ、枕詞を取り入れることで「すばらしい美和(わたし)を扱いかねて」というのですね。「婿も舅もこの素晴らしいわたしを扱いかねている」、この言挙げには、自分を誇らしく思う気持ちとともに、それを見守っている夫や舅への愛情も感じます。文学の世界では一人なのかもしれませんが、この作者の周りの世界は温かく巡っているのです。

文学は冷たく広大なる渚ひっかいたあとを残して死にたい     『水の乳房』

一方でこんな勇ましくも孤高の歌も残している大田さま。家族に支えられつつも、現場では一人の孤独な戦士です。そんな中、文学の世界で戦う中で女流なんて言われたら本当に……。そんなことがこれ以上繰り返されないよう、両性が生きやすい社会を作っていこうではありませんか!
 

今回ご紹介した歌人

大田美和(おおた・みわ)
1963年生まれ。中央大学文学部教授。91年に未来年間賞を受賞。歌集に『きらい』『水の乳房』『飛ぶ練習』など。イギリス小説の研究書に『アン・ブロンテ 二十一世紀の再評価』などがある。

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