イラスト:星野イクミ
悩み多き生活でも、「家を離れる」という決断には胆力が必要です。一歩踏み出した彼女たちの背中を押したものとは。(「読者体験手記」より)

鬱陶しさと寂しさの狭間で迷う

9歳上の姉が転倒して大腿骨頸部を骨折したのは、私が小学校の教員として65歳まで勤め上げ、今後の身の振り方について考えはじめた矢先のことでした。

当時、姉と2人で暮していたので、手術後の入院を経て姉はまた自宅に帰ってきたのですが、それを機に徐々に認知症の症状が表れ、結局車いすの生活になってしまいました。

20年以上前のことですから、介護保険法も施行されていません。ヘルパーさんを頼むこともできず、ひとりで介護しているうち、私まで腰を痛めてしまいました。

私は身体が思うようにならないし、姉を入院させようにも、姉の症状では3~6ヵ月程度しか置いてもらえません。転院を繰り返さなければならず、それは大変でした。介護保険制度が導入されてしばらくして、見かねたケアマネジャーさんの手助けもあり、介護施設に入所させることができたときはホッとしました。

こんなに困っているときでも、離れて暮らす兄や弟は一切手を貸してくれません。困ったときには頼れる専門職の人、つまり赤の他人に相談したほうがいい、と思うようになったのはこのことがきっかけです。

姉を見送り、さまざまな後片付けを終えて一息つくと、私は70歳を過ぎていました。ふと気づくと、もうまわりに誰もいない「おひとりさま」。いまの家にひとりで住み続けても、ご近所は噂好き、質問好きのオバサンばかりです。私がちょっと出かけるのを目にしただけで、「どこへいくの?」「何を買うの?」と声をかけてくるのです。向こうにとっては何気ない質問なのでしょうが、私にはそういうことがどんどん鬱陶しく感じられるようになりました。

かといって、仕事を辞めた私には届く年賀状も年々少なくなり、こういう正月をこの先迎えても寂しいと思いました。この環境を変えたい。でも、姉の介護を手伝ってもくれなかった兄弟や友人に相談できるような内容でもありません。私が相談相手として選んだのは、お金を預けている銀行でした。