地主である中里家は震災前と同じ場所で家を建て替え、借家業を続けていた。甚大な津波被害を受けた一帯は道路も新設され、すっかり様変わりしている。
以前は同じ敷地内に中里家が所有する平屋の借家が並び、そのうちの1棟にシングルマザーの美幸さん(当時37歳)と娘の風夏(ふうか)さん(当時18歳)、息子の煌冴(こうが)君(当時4歳)が暮らした。
30m先にある2階建ての母屋には、父の勉さんと母のこう子さん、勉さんの母で美幸さんの祖母、はつよさんが住んでいた。保護犬のガンコもいて、4世代6人と1匹、母屋でともに食卓を囲む。仙台には美幸さんの弟と妹もいて、賑やかな大家族だった。
2011年3月11日、14時46分。巨大地震が発生し、美幸さんが車で職場から戻ると、風夏さんが母屋の前で自分の軽自動車にこう子さんと煌冴君、ガンコを乗せ、避難の準備をしていた。
美幸さんが「充電器と着替えも持っていこう」と声を掛け、ふたりで自宅に向かう。夢中でバッグに荷物を詰めていたその時、風夏さんが叫んだ。
「みーちゃん(美幸さんのこと)、やばい!」
ザーッという音とともに足元に来た水が層のように膨らみ始める。外では車の盗難防止ブザーが次々と鳴り始めた。
「もう荷物どころじゃない、母屋に戻ろう!」
叫んだ瞬間、バーン! と音を立て濁流が押し寄せる。玄関を入ってすぐの居間にいたふたりは一瞬で水にのまれ、気づけば天井まで頭ひとつ分を残して浮き上がっていた。
「もうダメだ、ダメだ!」
その時、濁流の向こうに玄関の外の雨どいが見えた。
「風夏、水に潜って外に出て、雨どいにつかまれ!」
娘が外に出たのを確認し、美幸さんもあとを追う。