氷点下でひと晩、生き延びて
雨どいにしがみつき、電柱などを足場にしてなんとか屋根に上がる。しかし本当の地獄はここからだ。残してきた4歳の息子が気がかりでならない。
「煌冴、煌冴ー!」
半狂乱で名前を叫び続けたが、周囲の轟音にかき消された。
娘とふたり、ずぶ濡れのまま氷点下でひと晩。強烈な寒さと眠気に耐えながら、互いの体をつねり合い、しりとりをして意識をつないだ。ようやく朝日が昇り、その暖かさには感動すら覚えたが、明るくなって見えてきたのは、立ち並ぶ平屋の屋根の上で息絶えた人々の姿。
道路に降りても水位はまだ胸のあたりまであり、母屋へ向かう30mが進めない。ふたりはいったん目の前の老人介護施設に避難した。翌朝、水が腰の高さまで下がった頃、美幸さんは眠る娘を残し、ひとり母屋へ向かった。玄関は瓦礫でふさがれて入れず、見知らぬ車の屋根に上って2階の窓から中へ入ると、そこにいたのは父の勉さんひとり。「お母さん(こう子さん)と煌冴が見つからない」と言った。
父は、半身不随の祖母を抱いて逃げようとして一緒に津波にのまれた。天井の板をこぶしで割り、なんとか水から顔を出して耐えたが、祖母は「今までありがとう」と言葉を残し、腕の中で息を引き取ったという。
「水にのまれる一瞬前、お母さんが煌冴を背負って、2階に向かって廊下を走る姿を見た。だから、上にいると思ったのに」
翌朝、水が引いた階下を捜すと、水を含んで重くなった畳の下、手をつないだままのふたりの体が見つかった。