前回、私が美幸さんから被災時の話を聞いたのは、まだ震災から1年しか経たない頃。最愛の息子を含む家族3人の死を詳細に語りながら、彼女は淡々として声を震わせることもなかった。なぜ? と尋ねると、「もう一生分泣いて涙が枯れた」と答えた時のうつろな目を思い出す。
その後は毎年、10月になると息子の誕生日を祝う手作りケーキの画像がSNSに投稿されてきた。「生きていれば20歳だね」と話しながら、久しぶりに会った美幸さんに「最近はどう? 泣いている?」と聞いてみる。すると「年に2、3回くらいね」と、前とは違う答えが返ってきた。
「誕生日や3月が近づいてくると、どうしようもない時がある。でも、泣いたらそれで終わり」
それから美幸さんは、震災の前夜に布団の中で、煌冴君と一緒に「上を向いて歩こう」を歌ったこと、仙台に住む妹がいつもお土産に買ってくるミニカーを彼が楽しみにしていたこと、働く車が大好きで、勉さんが操縦するユンボーに乗せてもらって大はしゃぎしたこと……などを楽しそうに話してくれた。
聞いていると目の前に、4歳の男の子が姿を現すようだった。彼の小さな手のひらに、私もミニカーを載せてあげたくなる。
美幸さんは今、以前から好きだったハンドメイド作品づくりに熱中し、マルシェなどで販売もしている。被災時は高校を卒業したばかりだった娘の風夏さんは、33歳になった。石巻を出てやりたいことを見つけ、今はひとり、関東で暮らす。
「寂しいけど、娘の人生だもん。絶対後悔がないように生きてほしいから応援する。自分の人生を楽しまなきゃ、なんのために生かされたかわからないじゃん。ね、ガンコ」
傍らで静かに眠る白い老犬。それは津波の直前、家族と一緒に軽自動車に乗せられていたあのガンコだ。ブロック塀に乗り上げた状態の車の中で、生きて発見された。今年で19歳。不思議な形で生かされた命、中里家の人々を支えるために使いきろうとするかのようだ。