加藤 ぼくは藤井さんと広瀬章人さん(八段)の王将戦(2019年11月、挑戦者決定リーグ戦七回戦)を解説しました。藤井さんは矢倉に出て、中盤でずいぶん時間をかけすぎて、負けてしまったんですね。あれはぼくがこれまでに数局指しているのとほとんど同じ将棋だったんです。その将棋を研究していれば、もっとラクに戦えたはずなんです。藤井さんは高校生でもあるので、競争相手の将棋は研究できても、ぼくの将棋をこれまで以上に研究する時間はないと思うんです。そのあたりが難しいところですよね。
渡辺 かつての私もそうでしたが、高校生としてやっていくうえでの難しいところですね。やっぱり学校を卒業してからのほうが時間はありますから。藤井くんも春から高校三年生ですよね。その後どうするかで全然変わってくると思います。
(編集部注:この対談後しばらくしてから藤井七段は「現段階では大学進学は考えていません。これからの数年間は強くなるうえで非常に大切な時期。集中して取り組みたい」という発言をしている)
加藤 最近は序盤の研究が行き届いているわけですが、ぼくにしても序盤の研究をしたことがないわけではないんです。たとえば、米長さんとの十段戦の七番勝負で最後の四勝目を挙げたときなどがそうでした。タイトル戦の前日になる1981年12月20日にぼくは将棋会館に泊って2時間くらい研究していたことで決め技を見つけることができたんです。このときは詰みの寸前までといいますか、ゴールの80パーセントくらいまで考えていて、そのとおりに展開して勝ったんですね。それは、少し前に負けている将棋を研究することで思いついた新しいアイデアだったんです。いまの若い棋士は終盤まで研究するように言っていますが、我々の世代でも時にはそういうことをやってのけていたことがあるんですよ。
一方で将棋の指し手は10の220乗あるんだそうです。そう考えればすべて研究でどうにかできるわけではなく、直観力や大局観といったものを生かしていくことになります。こう言っちゃなんだけど、一生懸命勉強する合間にちょっと競馬にでも行ったほうがいいんじゃないかと思います。
渡辺 私も競馬は趣味にしてますが(笑)、お話はすごく参考になりました。研究の重要性が高まっても、対局が始まってしまえば、最後は直観が生きてくるなど、人間同士の争いになりますからね。