『天才の考え方 藤井聡太とは何者か?』加藤一二三/渡辺明 著

渡辺 そういうのは実際のところはどうなんでしょうね。藤井くんに限ったことではないですけど、本当に平常心で指せていたり、楽しんで指すことができているのか。心がけとしてそういう心境を目指しているのか。人によっては、深くは考えず、そう言っておけば格好がつくと思って口にしているだけかもしれませんし……。実際にどうなのかは興味がありますね。本当にそんなことが可能なのかな、と私なんかは思うんですよ。

将棋は盤上でやるものですが、実際のところはかなり激しい戦いじゃないですか。やっているほうはみんな興奮していて、平常心とはいえないわけです。本当に気負わずに指せるとするなら、それで力が出せるのかという疑問もあります。それでは逆に火事場のバカ力みたいなものが出せなくなるのではないかという……。そのへんは私も気になっているところです。

おやつについては私も、タイトル戦に出はじめた頃はずっとひと回り以上、上の先輩方とやってきたので、先に食べるのはどうかな、といったことは気にしていました(笑)。

 

「令和の将棋」のカギを握るのは……

――加藤先生は昭和の将棋、平成の将棋を知り尽くされていますが、「将棋の質」は令和になってから変わっているように感じられていますか?

加藤 そうですね。いまはやっぱり序盤の研究が非常に深く行われているというのは感じます。ぼくらの世代は共同研究っていうのはあまりなかったんですけど、いまの若手の秀才たちは共同研究しているのか、パソコンなどで研究しているのか……。

ぼくはこれまでに控えめにいっても矢倉で500回くらい勝ってきてるんです。それで「矢倉に精通すればずっとトップを走り続けられる」とも言ってきました。だけど最近は、後手が変化することが増えてきて、先手番のときの決め技がなかなかないということを感じています。先手番のときの決め技がなくなっているんですね。いまの将棋は研究が進んでいるので、藤井聡太さんが中盤の攻めで勝っているのも、これからずっと続いていくとは限りません。令和の将棋界では序盤作戦で、ツーストライクを取ったあとに投げる球を見つけられるかどうかがカギを握りそうです。

渡辺 決め技を持つというのはいつの時代においても大事なことですよね。それで全部は勝てなくても六割とか七割とか勝てれば成功なわけですから。