9人の異なる言語を使う話者 対話は簡単ではないけれど
ヨーロッパへの留学から帰国する直前、「中国大陸とポリネシアの間に浮かぶ列島」にあった母国が消えてしまい、その後は北欧諸国を転々としているHiruko。彼女をとりまく、エスニシティもジェンダーもさまざまな男女が織りなす群像劇『地球にちりばめられて』の続編だが、本作だけでも独立した長編として楽しめる。
各章は登場人物それぞれの一人称の語りで綴られ、最後は全員がコペンハーゲンのある病院の一室にたどり着く。そこにHirukoと母語を同じくするSusanooという鮨職人が入院しているのだ。その名が示すとおり、本作は日本神話の枠組みを借りている。
前作の結末でHirukoはようやくSusanooを探し当てたが、その時点で彼は言葉をほとんど話さなくなっていた。それはなぜか。どうすれば再び彼は発話するようになるのか。話者の9人はそれぞれ使用言語が異なり、必ずしもスムーズなコミュニケーションは行われない。だがそれゆえに、人と人とが対話し、気持ちを通わせ合うとはどういうことかを、読者は根本から考えさせられる。
鍵を握るのは、前作には登場しなかった新しい登場人物のムンンだ。Hirukoがスカンジナビア諸国の言語をまぜこぜにした手作り言語の「パンスカ」で話すように、ムンンも「ラ」や「ル」の音を自由に付け加えた自分専用の言葉で話す。扱われているテーマは深淵かつ普遍的だが、随所に見られるこうした言葉遊びによって、凝り固まった思考がもみほぐされる。
さまざまな手法で、言語とコミュニケーションが孕(はら)む複雑な要素を浮かび上がらせる本作は、一種の言語論的ミステリーとも呼べるだろう。
著◎多和田葉子
講談社 1800円