ちょっと指摘すると、見たこともないくらい傷つく
伊藤 皆さんはじめまして。私はこの3月、アメリカから日本に戻ってきました。2年前にイギリス人の連れ合いを看取ってから、家事というものをほとんどしません。
瀧波 私は小学校2年生の娘と夫と3人で暮らしています。伊藤さんと反対で、仕事、子育て、家事の真っ最中です。
阿古 夫も私も、フリーで似たような仕事をしています。ふたりとも家でパソコンと向き合っているので、多いときは昼も夜もいっしょに食べますね。
伊藤 結婚してどのくらい?
阿古 20年になります。うちは子どもがいないし、夫婦で話し合ってなんとなく家事の分担ができあがって今に至る。ですから、瀧波さんのお宅とは家事の量が全然違うと思うのですが。
瀧波 うちも数年かけて夫とどう作業を分担するか、ぶつかり合いながら担当が分かれていきました。
伊藤 あ、やっぱりぶつかったんだ。瀧波さんの漫画を読むと、お宅の旦那さんってホトケじゃないですか。(笑)
瀧波 すごく真面目な人なんですよ。出産後、「これからは料理も分担しようね、週に3回作ってね」と言ったら、3日分のレシピをまず書き出したんです。「ホウレンソウのおひたし」ってネットで調べて、だしを取るところから始めてしまうという。
伊藤 それは日が暮れてもご飯、できてこないですね。
瀧波 数ヵ月かかって、料理は私が担当することに。その分、もともと夫は書類整理が得意なので、事務手続きや子どもの学校のプリント、お金の管理、そういったことを引き受けてくれるようになりました。
阿古 書類整理はいわゆる「名前のない家事」ですよね。私は自分のことは自分でする方針なのですが、書類を見るのが苦痛なので、毎年確定申告がつらいんです。
瀧波 わかります。お金の明細書なんか見るだけで少しずつ心が弱りますよね。今は書類の1枚も見ない生活を謳歌しています。
阿古 家事に関しては夫と一応分担しているんですが、お互いに「自分はできるけど相手はできない」というところでけんかしてしまう。私は料理しながら台所を片付けるのが苦手で、作り終わったときに洗い物が手つかずのことも。シンクの掃除も得意じゃないですね。それを夫が指摘するんですよ。
瀧波 夫はできるんですか。
阿古 そう、ピカピカにするの。
瀧波 ここ数年、SNSなんかで料理ができる男が自慢するんですよ。「料理する男は洗い物も同時にフィニッシュ、うちの嫁はできないけどねー」とか言うヤツ。そんな思考回路は死ねって思ってるんですけど。(笑)
阿古 あるとき、私も夫にブチ切れました。「これでも一所懸命やった、これ以上できない!」って。
伊藤 料理は阿古さんのほうができるんですよね、専門分野だし。
阿古 まぁ、そうです。前に夫が作ってくれたものを食べていて、「これ、ローズマリーを使ったらもっとよかったのに」と私が言ったんですよ。そうしたら傷ついた様子で、「僕はハーブなんて洒落たものはわからない、君みたいにはできないよ」って。
瀧波 そうそう、今まで見たことないくらい傷ついた顔しますよね。夫が味噌汁を火にかけていて、私はあと30秒で沸騰するなと思ったから「火を弱めたら」と、つい。たかがそのくらいのことを言っても、場の空気が最悪になりますね。(笑)
伊藤 死んだ夫の前に日本人と結婚していたんですが、うまくいかなくなったときに私がうつになった。娘たちは小さかったし、それまで私が三食作っていたんですが、なんかこう、体に三本の五寸釘がささっているような感じで。それで彼に分担してもらおうと思い、言い出し、彼もそれがいいだろう、今まで俺はおまえの領域を侵すまいとしてきたが、これからは俺もと料理を始めた。ところが、これがへたなんです。手際も悪い。最初のごはんは忘れもしない、何時間もかかって、たこ焼きとご飯だった。だけど一言でも批判的なことを言ったらだめだ。これは相手の全否定につながる、セックスと同じだと思って、ぐっとこらえて、文句を言わなかった。言えませんし、言っちゃいけないんですよね。