時間も空間も見透かす歌人
「老けてゆくわたしの頬を見てほしい」、む、確かにこれは、「可愛くいるから愛してね」より、ずっと覚悟のある告白でございますな。「老けてゆくわたしの頬を見」ることは、同時に、老けてゆく相手をも見るということ、そして、老いというともすればネガティブなテーマが、ここでは何とも輝いて見えます。そんな長いあいだ、あなたに見られながら、老いていくのはむしろ至福でございましょう。「夏の鳥影揺らぐさなかに」というビビッドな場面設定も見逃したくありません。老いた頬をきみと夏にさらすのだと、主体は堂々とその時間を見つめ、あらわしています。
大森静佳さまは平成元年生まれ。大学在学中に恋を交えた学生生活を描いてデビューし、その後も彫りの深い言葉遣いと、どこか時間や空間を見透かしているような、独特の把握が魅力の歌人でございます。
青い帽子、それもあなたの。痛いほど見ていた頃の曇天を呼ぶ
ビニール傘の雨つぶに触れきみに触れ生涯をひるがえるてのひら
恋の歌ですがうわついたものはありません。一首目、「痛いほど見ていた頃」を振り返り、「青い帽子、それもあなたの」という。ここにはまるで青い帽子のあなたしか見えていなかった盲目的な頃の自分を懐かしくも取り返しのつかないものとして見ている目線があります。二首目は印象的でしょう。「雨つぶに触れきみに触れ」と、まるで雨つぶときみが同等のように歌い、「生涯をひるがえるてのひら」と言います。イメージしたのは結婚でしたが、生涯を変えることさえ、ビニール傘の雨つぶに触れた手で行われる。輝かしい無常感、とでも言いたくなるような、アンビバレントな恋の歌です。
泣きながらわたしの破片を拾ってた ゆめにわたしは遠い手紙で
ここにも独特の無常感があらわれます。さて、ここで「わたしの破片を拾ってた」のは誰なのでしょう。短歌のセオリーで読むと、「わたし」が「わたしの破片を拾ってた」と読むのが普通なのですが、それでもこの「泣きながら」はずいぶん淡い、はかないわたしです。わたしにとって、わたしはとおい。しかもその破片を拾っていたことさえ、夢の中の出来事で、その中で「わたしは遠い手紙」だという。普通、手紙は何よりも物理的に親しいコミュニケーションツールなはず。その手紙が遠いとは不可思議です。
わたしはだれなの? ほんとうはどこにいるの? ほんとうはどこに生まれるはずだったの? これから、この死後どうなるの? そんなハレーションのような声を、わたくしめはこれらの歌から感じます。
