イラスト:大塚砂織

街から現金が消えた! スマホなしでは生活できない

北京に転居した1年半前、私は街で立ち往生する羽目になった。目的地へ向かうためのタクシーが、まったくつかまらないのだ。

スマートフォンの、SNSアプリと連動した電子マネー機能を使えるようにしていなかったからだ。ここ数年で急速にキャッシュレス化が進む中国では、「スマホなしで生活はできない」といっても過言ではない。流しのタクシーも健在だが、配車アプリで予約済みの車ばかり。アプリの利用には電子マネー機能が必須のため、本当に困ってしまった。

このように各種支払いはもちろん、レストランや飛行機などの予約、映画館の座席指定、貸し自転車の利用など、あらゆる場面で電子マネーを使うのが当たり前。

いまや屋台や地方の個人商店でも電子決済用のQRコードが掲示され、客がスマホで読み取ることで支払いが完了する。物乞いの金銭受け取りにも浸透しているから驚きだ。以前からデビットカードを利用したキャッシュレス化が進んでいたが、電子マネーの勢いはその比ではない。手数料不要で、銀行口座を持っていなくても、他者から直接スマホでお金を受け取ることができるうえ、パスワードで保護されている安心感もある。

中国でこれほどまでに電子マネーが広まった理由は二つ。一つは、驚異的なスマホの保有率だ。街では若者だけでなく、高齢者が慣れた手つきで操作しているのを見かける。
もう一つは、偽札がとにかく多いこと。中国では、銀行のATMから偽札が出てくることもしばしば。そのため現金自体の信用がとても低く、高額紙幣で買い物をしようとすると、店員に「ダメダメ、電子マネーにして!」と叱られるか、露骨に嫌な顔をされるのがお決まりだ。現金のやり取りを避けたいという社会のニーズとも合致したのだろう。

生活に密着した便利なシステムだが、気になるのはデータのゆくえ。検索履歴や買い物の内容などの情報は、すべて電話番号と紐づけられる。また、何事もスマホで完結するため、人とのふれあいや会話が疎(おろそ)かになることも気がかりだ。ただ現地の人たちは、まったく気にする様子がない。何よりの心配事は、スマホの充電が切れてしまうことだそうだ。(北京在住)