『蜜のように甘く』イーディス・パールマン ・著

じょじょに人間模様を明らかにする巧みな語り口

足専門のケアサロンを営んでいる寡婦と、その斜めはす向むかいに住んで彼女の生活をのぞき見ている男。雇い主が描いたショッキングな絵を見つけてしまう移民の家政婦。「お城」と呼ばれる病院に勤める不器用な局所麻酔医と、心優しい警備員と、「お城」の森で遊ぶ少年少女。甥の事業の手伝いをするため、マンハッタンから田舎町に滞在することになった72歳の女性。若き日に、尊敬する市民権運動の黒人リーダーとただならぬ関係を経験し、今では贖罪のように生真面目な人生を歩んでいる女性。妖精パックのブロンズ像の因縁で、かつての恋を再燃させようとしている75歳の女性。インテリカップルのひと夏きりのロマンスを、間近で観察する15歳の少女。娘とその友人3人に、未来の夫を予言するゲームを仕掛ける中年女性。父親のことが大好きな8歳の少女。拒食症の女子高生と、思いがけない妊娠に怯える女子校の校長。

アメリカを代表する短編の名手イーディス・パールマンの『蜜のように甘く』には、市井の人々の人生のスクリーンショットを鮮やかに切り取り、その哀歓を静かな筆致で描いた10編が収録されています。

言葉にするのが難しい思いを、だから沈黙するしかない人間のひっそりとしたたたずまいを伝える端正な文章。よく出来た織物のように、「ここぞ」というところで言葉と言葉を、エピソードとエピソードを結びつけ、編みあわせ、じょじょに人間模様を明らかにしていく巧みな語り口。そのことによって生まれる深い余韻。

パールマンは、知っているつもりでいる感情に新たな光を当て、読者の中にあるそうした感情を新鮮な驚きと共に引き出してくれる作家です。ゆっくり味わうべし。

『蜜のように甘く』

著◎イーディス・パールマン
訳◎古屋美登里
亜紀書房 2000円