「首里の馬」高山羽根子・著

これまでの高山作品の集大成

沖縄に移住してきて、「沖縄及島嶼(とうしょ)資料館」を建てた順(より)さん。高山羽根子の第163回芥川賞受賞作『首里の馬』の主人公は、その資料館を中学生の頃から居場所とし、20代後半の今では資料の整理を手伝っている未名子(みなこ)です。

一方で彼女は、不思議な仕事に就いています。マンションの一室から〈定められた時間、遠方にいる登録された解答者にクイズを読み、答えさせる〉という職務で、〈正式な名称は『孤独な業務従事者への定期的な通信による精神的ケアと知性の共有』〉。果たして、未名子はどこにいる誰と通信しているのか。物語終盤に待ち受ける驚きも物語を読み進める楽しみのひとつになっています。

順さんが高齢で入院したために資料館を手放さなければならなくなり、紙の資料をデータ化して残そうとする未名子の試み。双子台風の翌朝、未名子が独りで暮らす家の庭に出現した宮古馬(ナークー)。いったんは警察に引き渡したものの、ある人物のサジェスチョンによって、こっそり取り返し、かつて沖縄競馬で人気を博した馬と同じ名前をつけ、洞窟にかくまう未名子。

奇妙な仕事と未名子が相手をしている〈孤独な業務従事者〉、資料館と市井の民俗学者・順さんの過去、突然現れた宮古馬と今はない沖縄競馬。この小説の中には3つの不思議とそこから派生する読みごたえのあるエピソードが詰まっています。やがてじょじょに浮かび上がってくるのは、孤独な場所とそれを必要とする人間の精神、蓄えられていく集合知への信頼、失われたものへの愛着と尊敬の念、勝ち負けでは計れない価値観の共有、自分にとっての理想が他者を害することへの警戒。これまでの高山作品の集大成というべき作品なのです。

『首里の馬』

著◎高山羽根子
新潮社 1250円