『夏の迷い子』泉麻人・著

過去も感傷も郷愁も歳を重ねたから面白がれる

60歳、還暦というものを、どんな心持ち、どんな風景の中で迎えたらいいのか。本書からそのヒントを与えてもらったような気がする。

7つの短編すべてに登場するのは60歳を過ぎた男たちだ。フリーの音楽ライター、定年前に広告会社を辞めバス会社に再就職した人、定年後に嘱託社員として閑職に異動した人、独身のままの人など職業も生き方もそれぞれ違う。

共通しているのは波瀾万丈な人生を送ったふうではなく、どこにでもいるようなごく普通のおじさんたちだ。そんな彼らがふと立ち止まり、自分の過去、ほろ苦い思い出と向き合うことになるのである。

「アイドルをさがせ」は還暦祝いの同窓会が舞台。主人公が友人たちと思い出話に花を咲かせているうちに、あのころ夢中になったラジオの深夜放送の話になる。「オールナイトニッポン」「パックインミュージック」「セイ・ヤング」の御三家的番組から、「フォークビレッジ」や大石吾朗の「コッキーポップ」、かぜ耕士の「たむたむたいむ」などコアなものの話題になり、あまりのマニアックさに笑ってしまった。

ほかにも昭和のボンネットバスやバブルの頃のタクシーの止め方、主人公が今もうっとりと眺める「テレカ」のストックブックなど、細かすぎる「懐かしの昭和」に周囲の目を気にすることなく浸っているのだ。

どの短編にも80年代、サブカルや流行、テレビ等から時代の空気を読みとっていた著者らしい「面白がり」の視点が光る。それにしても遠くになっていく昭和のこと、マニアックであるほどに、なぜにこうも多幸感をもたらしてくれるのだろう。

過去も感傷も郷愁も「面白がる」なんて、還暦だからこそできることなのかもしれない。

『夏の迷い子』

著◎泉麻人
中央公論新社 1600円