7年間続けてみたけれど

松原さんは意を決して、「お互いに干渉しないようにしましょう」と母親に告げた。その結果、「食事は別」「起床・就寝の時間は自由」「仕事の邪魔はしない」「お互いの予定を聞かない」などのルールを定めたのだが……。

「物理的に不可能でした。母は働き者で、早朝から1階のリビングや廊下の掃除を始めるわけ。音は上に響くので、2階で寝ているとドタバタとうるさくて。ドアを閉める音なんて、体育会系男子がいるんじゃないかというくらい激しい。防音用のテープを貼ったら少しはマシになったけれど……。それ以外にも台所に立つ時間が重なるとか、どうにもプライバシーが保てない点が多々ありました」

そこで実家のリフォームに踏み切った松原さん。

「お金で解決するしかないと思って。母の寝室は2階でしたが、1階の和室を洋室にしてあげると言って、まずは住居スペースを母は1階、私は2階とくっきり分けました。2階にもキッチンを新設したりして、300万円くらい投じたと思います。でも、そこまでして居住空間を分けても“合わない親子は合わない”。一緒に暮らしたことで、私は母のことが生理的に嫌になってしまったのだと、本格的な苦悩の日々が始まったんです」

もう一度マンションを買って実家を出ようかと考えたり、今からローンを組むのは得策でないと二の足を踏んだり、葛藤が5年ほど続いたという。

「未来が八方塞がりになっている気がして、死にたいと思い詰めていた時期もありました。でも仕事に救われたんです。地獄のような同居生活の末を書くことを目的にしたら、母との暮らしを客観的に捉えられるようになりました」

そうして生まれたのが、2018年に刊行された『母の老い方観察記録』という本だった。

「自分の気持ちを誤魔化しながら7年間も頑張りました。でも、本を書き上げた後、母のことでこれ以上悩んでいたらもったいない、私は私の人生を楽しまなくては、という結論に達しました」

3ヵ月前、松原さんは実家に近い集合住宅で賃貸暮らしを始めた。

「今は、週に一度くらいは母の顔を見るために実家を訪ねています。会う頻度が減ったら、すっかり私の心に平安が戻ってきました。母もホッとしているはず。母にしてみたら、自分勝手な娘が転がり込んできて、快適だった自分の暮らしを破壊されたと思っているに違いないのですから」

親との同居疲れから脱するためには別居するしかないと断言する松原さんだが、最後にこんな話をしてくれた。

「8年前、母との同居を迷っていた頃、知り合いのお坊さんが『それは自然の流れです』と。『しっかりとお母さんの生き方を見せてもらいなさい。人として成長するのです』と言われました。その時はピンと来なかったのだけれど、確かに母との同居を通して、老いることがどういうことかを学習しました。だから人生修行をしたと考えれば無駄な年月ではなかったというか……。そうとでも捉えなければやりきれませんよ」


《ルポ》ルポ・親との同居がストレスです
【1】脳梗塞で義母と同居。会社員・明美さん(39歳)の場合
【2】漏水トラブルで実母と同居。ノンフィクション作家・惇子さん(73歳)の場合
【3】震災で義父母と同居。イラストレーター・美穂子さん(58歳)の場合