イラスト:曽根恵
離れて暮らす親の老いが目立つようになると、そろそろ介護について考えておかないとと思う方も多いでしょう。しかし往々にして、「その時」は予期せぬタイミングでやってくるもので──。思いがけず親との同居生活になだれ込んでしまったという、3組の家庭の事情と同居後の試行錯誤を聞いてみました。2人目はノンフィクション作家の松原惇子さんのケースです(イラスト:曽根恵)

理想的な母がわがままな婆さんに!?

50年ぶりに実家で実母と同居するハメになったと嘆くのは、「女性一人の生き方」をテーマに執筆・講演を行っているノンフィクション作家の松原惇子さん(73歳)だ。発端は、一生住むつもりで購入した都内のマンションが漏水トラブルに見舞われたことだった。

「私、嫌気がさして売却してしまったんです。ところが、引っ越しを決めていた賃貸物件の契約を土壇場で白紙にされてしまって。当時65歳だった私の年齢が理由でした。マンションを売却して貯金はあるし、収入だってあるのに、まったく納得できませんでした」

とはいえ愚痴っている猶与はなく、埼玉の実家へ身を寄せることにした松原さん。家主は14年前に夫を見送り、悠々自適に暮らす、当時86歳の母親だった。

「私が間借りさせてほしいと告げると母はキョトンとしていましたが、家賃を払うからと伝えると喜んじゃって(笑)。しかも値上げ交渉までしてきた。こんな人だったかしらと思ったのだけど、考えてみたら20歳で家を出た私は、母のことをよく知らなかったのですよ。母が料理上手で、おしゃれで、部屋のしつらいも完璧で理想的な女性だったのは、私が娘時代だった頃の話。彼女は父の死後、一人暮らしを続けるうちに、“わがままな婆さん”になったのよ」

同居以前の松原さんと母親の関係性は、時々会って食事をするなど良好なものだったという。

「年に何度かしか会わない娘は他人と同じ。遠慮もすれば猫も被りますよ」

松原さんによれば、現在の母親は娘をライバルと思っているのか、勝ち気だ。

「でも何より嫌なのは母が私を子ども扱いすることでした。出かけようとすると玄関に靴が揃えてあったり、帰宅すると食事の支度をして待っていたり」

母としての優しさなのでは?という気もするのだが……。

「そうそう無下にできないのが厄介なんです。でも私、一人暮らしが長かったから過干渉だけは勘弁してほしくて。母のお節介がたまらなく疎ましく、ワーッと叫びたい衝動に幾度も駆られました」