検索してみると手の届きそうな物件も

けれどもその後、じわじわと自分の中に「うらやましい」という感情が湧き上がってきたのです。彼女の話では、街の中心部から離れたうら寂しい海辺だそう。お金がかけられないから、小さな部屋と簡素な水回りがあるっきりの「小屋みたいな家なのよ!」と彼女は言ってましたっけ。

私は昔からムーミンの物語が大好きで、作者のトーベ・ヤンソンがフィンランドの無人島に建てた小さな家についてのエッセイを読むのも好きでした。パートナーが一緒に住んでいたとはいえ、執筆に専念するために建てたという家は、船でも簡単に近づけない岩だらけの孤島にぽつんとあります。一部屋しかないけれど、大きな書き物机にベッドと本棚、使いやすそうな小さなキッチン。ああ、家なんて本当はこれだけでいいのよねと、本でその家の写真を見たときに深くため息をついたのを覚えています。

確か下の子が生まれた頃で、私の周りは、家族の雑多な物であふれかえっていた。一人になりたいと思っても、いつも頭のどこかで家族のことを考えていました。

「自分だけの時間と場所を持たせて」というお姑さんの言葉は、まさしく私の願いでした。

最初は、ぼんやりとした憧れでした。でもそのうち、新聞のチラシを見て土地の価格を調べてみたり、マンションの間取りを眺めたりするようになったのです。手書きで写した間取り図に、雑誌から切り抜いた家具を配置して楽しんだりもしました。

あるとき書店で「若手建築家特集」と銘打った専門雑誌を開いたところ、おしゃれでかっこよくて、しかも少ない予算で工夫して建てたという住宅が次々目に飛び込んできました。「私だったら、この建築家さんに頼みたいわ」といった妄想を膨らませるのにハマっていた時期もあります。