独り暮らしには独り暮らしの楽しみがある

今年80歳になりましたが、これまで自分の年齢について考えたことは一度もありませんでした。でも、あるとき急にまわりが言い出して「あらそうなの。うっかりしてたわ」と気づかされた感じです。おかげさまでどこも悪いところはないけれど、そうして年齢を意識させられると、「自分の最期」を考えないわけではありません。でも、死に方はどんな形でもOK。かつぢ先生のお言葉じゃないけれど、それは誰にもわからないですものね。

だから「今後」とか「老後」とか、本当は考えなきゃいけないんだろうけれど、まーったく考えてません。お金のことは今がなんとか暮らせればいいし、もしものときに残すものはスーツケースにひとまとめにして、弟と妹宛に「死んだら開けてね」ってメモを貼って準備済み。

結婚をしていない私は、人から見たら孤独な独居老人のひとりかもしれない。でもひとり暮らしにはひとり暮らしの楽しみがあります。時間の使い方も自分次第でしょう。目覚まし時計はどんなにきれいな音でも苦手だから昔から使わず、お日様が昇ったら目覚めます。若い頃は徹夜もしたけれど、今は人間の生理にしたがって、暗くなったらその日はおしまいにしています。

年を取ればいろんなことがおっくうになったり、嫌になったりも。そういうときは「面倒なことをするのは筋トレ、嫌なことを乗り越えるのは脳トレ」と自分に呪文をかけて、“えいや”ってやり遂げるの。それに独居ではあるけれど、周囲にたくさん良いお友だちがいます。そういう人の輪も、かけがえのない宝物です。生前整理を考えた時期もあったけれど、ある人に「そのときは、後に残った人が何とかしてくれますよ」と言われて気が楽になりました。日記とか手紙とか見られたら恥ずかしいものもあるけど、死んじゃったらそれも関係ないでしょう。

本当は物を減らしていかなきゃいけないのだろうけど、相変わらず街や旅先で素敵なものを見つけると、家に連れて帰ってしまいます。このお皿に料理を盛ったら美味しそうだな、オブジェに着せたらかわいいなって、想像するのが幸せなんですもの。それが私の人生と思って、変わらず毎日を楽しんでいきたいですね。