「鳥の研究の楽しさをわかち合いたい」と語る鳥類学者の川上和人さん。新著の『鳥肉以上,鳥学未満。』では、身近なニワトリを題材にしている。

「鳥の専門家なら、ニワトリもさばけるでしょ」

スーパーで鶏のムネ肉のパックを手にしたとき。それがニワトリの体のどの部分で、彼らのどんな行動に関係しているか考えたことはあるでしょうか? 

ササミを調理するときに取るのが面倒な筋は、なぜ付いているのか。ボンジリが脂っこくジューシーなのはどうしてか。本書は、鳥類学者の私がもっとも身近な鳥であるニワトリを題材に、鳥類の生態や進化の秘密に迫ったエッセイです。

鳥類の研究をするなかで、私はこれまで何百羽もの鳥を解剖してきました。しかし研究対象として「ここは飛翔筋(ひしょうきん)の一部だ」と考えても、昨夜のおかずの竜田揚げになった「鶏ムネ肉」とは結びついていなかった。

鳥は飛ぶときに、翼を振り下ろして体を浮かせるため、非常に大きな筋肉が必要です。私の趣味であるバイクにたとえると、いちばん大きくて重たいエンジンの部分。なるほど、だからパック詰めの鶏ムネ肉も一枚がべろーんと大きいし、一羽からたくさん取れるのでお値段も手頃なんだと、あるとき気がつきました。

しかしここで、鳥類学者として新たな疑問にぶつかります。ダチョウのように飛ばない鳥は胸に筋肉がほとんどないのに、同じくほぼ飛ばないニワトリのムネ肉はなぜ大きいのか。ここから、ニワトリも確かに飛ぶための構造を持っているとわかります。

もう一つ奇妙なのは、鶏肉がピンク色なこと。多くの鳥の筋肉は、飛ぶために必要な酸素を蓄えるミオグロビンという色素を含むため、濃い赤色をしています。カモ肉などがそうですよね。その色が薄いということは、長距離を飛ばない鳥なのだとわかる。確かにニワトリの先祖といわれるセキショクヤケイは、インドネシアの森林に住み短距離を飛ぶ暮らしをしているのです。

そもそも私がニワトリに興味を持ったのは、小笠原諸島の母島でフィールドワークをしていた20代の頃でした。地元の子ども会で食事作りを手伝っていたら、「鳥の専門家なら、ニワトリもさばけるでしょ」とムチャ振りされ(笑)。それまで解剖してきたのは野鳥ばかりだったので、家禽として品種改良されたニワトリの体の構造も、また生きた鳥がふだん人間が食べている肉になる過程も非常に興味深かったのです。

そんなふうに、自分の「知識」と目の前の「経験」が結びついたときこそ、人間の脳がいちばん喜ぶ瞬間じゃないでしょうか。研究者というのは、自分が「わかったぞ! これは面白い」と思ったことは、皆さんにとっても面白いはずだと思い込むところがありまして(笑)。だからせっせと論文や本を書き、自分の研究について話したがる。私は一般書としてのエッセイを数冊出していますが、どれも鳥の研究の楽しさをわかち合いたいと思って書いています。

私が携わっている野生の鳥類学は、例えば害虫の研究などと違って、経済活動に直結する分野ではありません。こういう分野の鳥類学者は、言ってみれば人の好奇心を満たす「宮廷音楽家」のようなものだと思っていて。だからこそ、研究で得た知識を多くの人に楽しく伝えたいという気持ちもあるんです。

本書は、ご家庭で鶏料理を楽しむ日に読んでもらえたら嬉しいですね。ササミの筋が硬い理由、ボンジリの役目についてもしっかり解説しています。そうしてニワトリを通じて、鳥類の不思議と魅力に気づいてくれる人が増えることを、鳥類学者として心から祈っています。