「人生こんなはずじゃなかったのに」という思い
町田 カツセさんの『明け方の若者たち』、すごく面白かったです。この物語は、20代の、自分をこじらせていた頃の私に読ませたかったな、と思っていました。
カツセ こじらせていた?
町田 私、九州の田舎町で育ったんです。家のドアを開けたら目の前に田んぼが広がってて、近所はみんな顔見知り。若いころは車を派手に装飾して、助手席に男性乗せていただけで、知り合いのおじいちゃんやおばあちゃんから「あそこの娘は遊んどる」とうわさされて、それが回りまわって家族の耳に入る。そんな町だったんです。
カツセ まさに『52ヘルツのクジラたち』に出てくる人間関係みたいですね。
町田 だから、20代のころはもう息苦しくて、都会に出たくてたまらなかったんです。こんなところで暮らしていなければ、私はもっと幸せになれたんじゃないかっていう気持ちだけがあった。でも、都会に出る勇気もなければ、何かやりたいことがあるわけでもなくて……。
カツセ 僕のSNSに、若い方がよく相談を送ってくださるのですが、まさに「何者にもなれなくて……」「どうしようもない恋愛をしているのですが……」といった声が寄せられます。特にいまの時代、インターネットやSNSで他人と自分を比べてしまう機会も多く、焦燥感というか、不安を覚える若者が増えているんだな、と感じました。自分の原体験もありましたが、『明け方の若者たち』で、そういう方々に、「いまのままでも大丈夫だよ」と言ってあげたいな、という気持ちもあります。
町田 そうだったんですね。私は学生時代、スクールカーストの下の方にいたのですが、「カーストの上の人たちには悩みもないだろう」と勝手にうがった見方をしていました。でも、『明け方の若者たち』を読んで、都会にいても、一見満たされた生活をしていても、必ずしも幸せじゃないんだと気づかされた。
カツセ むしろ、都会だからこその辛さがあるかもしれない。
町田 都会でも田舎でも、同じように人を好きになって、悩んで、世界が鮮やかに見えたりくすんで見えたりする。『明け方の若者たち』ではそんな人生を必死で生きる登場人物たちが、いきいきと描かれていた。私が知らなかった世界でした。当時の自分に読ませて、気づかせてあげたかったな。すべて自分の思い通りにうまくいかなくても、周りの世界をちょっと好きになるかも、って。
カツセ そんなふうに思っていただけたら嬉しいですね。
明大前で開かれた退屈な飲み会で出会った女性に、大学生の僕は一瞬で恋をした。下北沢で観た演劇、江の島で撮った写真、高円寺での半同棲生活……。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、希望の部署に配属されず、満員電車に揺られながら、「こんなハズじゃなかった人生」に打ちのめされる日々を過ごす。そして、永遠に続けばいいと思っていた彼女との関係にも、徐々に変化が生じる――。