TBS系「王様のブランチ」BOOK大賞をはじめ多数の賞を受賞した町田そのこさん(左)と、Apple Books「2020年ベスト新人作家」を受賞し注目を集めるカツセマサヒコさん(右)
虐待や毒母の問題に真正面から向き合った『52ヘルツのクジラたち』で注目を集める町田そのこさん。仕事や恋愛に苦悶する若者の焦燥感を『明け方の若者たち』で鮮やかに描いたカツセマサヒコさん。2020年、書店員をはじめ各方面から注目を集めるふたりは、互いの作品に強い共感を覚えたと話します

「恩」という名の「呪い」に苦しんで

町田そのこ(以下、町田) 初めまして。お会いしたかったです。

カツセマサヒコ(以下、カツセ) こちらこそです。僕は『明け方の若者たち』を書き終えたころに、町田さんの『52ヘルツのクジラたち』を読んで、自分が見落としていた視点とか、声を上げることすらできない存在とか、そうしたことがすべてこの本に書かれている感覚があって、苦しくなったんです。自分自身を振り返って、そういう存在に気づけていたのだろうかと自問しました。すごい作品でした。もう、憧れに近い存在です。

町田 ありがとうございます。私、子どもがいるので、虐待問題のニュースを見るたびに、すごく気になってしまうんです。自分は果たして虐待しない親でいられるのかっていう思いはいつもあって。なので、虐待のニュースに触れて気持ちが揺れたり「嫌だな」と感じても、そこで感情を止めずに「私だったらどうするだろう」って余裕があるときには考えるようにしていたんです。

カツセ 親の立場になって考えると、虐待の加害者を単純に「犯罪者」と考えてよいものか、と思うところもあります。僕にも子どもがいるのですが、「なんでこんな寝ないんだろう、この子」ってむちゃくちゃしんどい時期がありました。たとえばすごく疲れたときに、2時間ずっと鳴りやまない目覚まし時計を枕元に置かれて、それが一ヵ月間で続いたとき、はたしてその目覚まし時計を壁にぶつけることなくいられるだろうか、と考えることもあります。「愛情」とかのやさしい言葉で包むだけでは、ケアしきれないものだと思うんです、育児は。

町田 なるほど。確かに私も、実際に子どもを育てるうえで、「これは行きすぎたら虐待になるかもしれない」っていう淵を見たことがあります。

カツセ 親がノイローゼ気味になって、結果、子どもをほったらかしちゃう人だっているかもしれない。子を持つ親になってからは、虐待問題のニュースを見たとき、その親はどういう環境にいて、どのくらい孤独だったのだろうか、と考えるようになりました。何か事件が起きたとき、そこにはどんな背景があって、当事者はどんな人生を歩んできたのかということに、私たちは普段、全く気づけていない。そうした視点が、『52ヘルツのクジラたち』にも描かれていると感じています。

町田 虐待のニュースを聞いたときも、「なんでこうなっちゃったのかな」とか、「こうすればよかったんじゃないか」というところまで掘り下げるようにしていました。あくまで自分の中でのストーリーなのですが、その積み重ねが、ひとつの物語になったのだと思います。

カツセ 主人公の貴瑚は、自分の人生を家族に搾取されて生きてきましたよね。僕は『52ヘルツのクジラたち』ですごく印象に残っているシーンがあって。86ページなんですけど。

町田 はい。貴瑚はいわゆる“毒母”のもとで育ち、きょうだいがいるのに、お父さんの介護を一人で背負ってきた女性です。彼女が救い出されたシーンですね。

カツセ 貴瑚は自分が自分でなくなってしまうくらい、誰かのためにもう奴隷に近い状態になっていた。そんな彼女に対して、恩人のアンさんが「死ぬくらい追い詰めてくるものはもう『恩』とは呼べないんだよ。それは『呪い』というんだ」という言葉をかける……。

家族だけでなく、友人や先生、職場での人間関係でも、「恩」というものに自分を押し込められることって、よくあると思うんです。だから、世の中で虐待を受け入れている人も、同じような気持ちを抱いて、自分をどんどん檻に入れてしまっているんじゃないか、と。

町田 つい最近もニュースで見ましたが、神戸市で孫娘が祖母を殺してしまうという痛ましい事件がありましたね。仕事をしながらおばあちゃんの介護を背負って、「寝られずに、限界だった」と手をかけてしまった。家族がいたのに、彼女は孤立していました。

カツセ あの事件をニュースで知った時、さっきのアンさんの言葉が頭に浮かんだんです。あの少女がこの本を読んでいたら、「助けて」って声を上げることができたんじゃないかって。