仕掛けはそれだけではありません。吉原のおいらんとしての夢から醒めた後、〈わたし〉は業平と結婚する姫さんに仕える女房としての夢を生きることになるのですが、そこにまたまた現れる高丘さんは真如(しんにょ)、つまり業平の叔父である高僧・高岳(たかおか)親王。

高丘さんは高丘さんで、父親の想い人だったくすこさんに恋をし続けている現実の自分と、父の平城(へいぜい)帝の寵姫であった薬子(くすこ)を恋慕した高岳親王である昔昔の自分を共に生きる人物なのです。『伊勢物語』と、澁澤龍彥の傑作小説『高丘親王航海記』。川上弘美は2つの物語の変奏を、この小説で試みているんです。

ナーちゃんとの関係をじょじょに変化させていく今、江戸時代の昔、平安時代の昔昔。3つの時空は作者の柔らかでたおやかな語りの中でごく自然に行き交い、恋と愛と結婚とエロスという普遍的なテーマを陰翳に富む表現で浮かび上がらせていきます。

併読をオススメしたいのは、川上弘美の現代語訳による『伊勢物語』(河出書房新社)。作者がこの仕事を経て業平観をどう熟成させていったか、『三度目の恋』を読むと感動的なまでに理解が深まるのです。