『kaze no tanbun 移動図書館の子供たち』編◎西崎 憲 著◎円城 塔、古谷田奈月、松永美穂ほか 柏書房 1800円

 

ルールを脱ぎ捨てて、身軽になった言葉は美しい

短文を読む楽しさには独特なものがある。長い時間をかけて取り組む気構えは必要なく、なんとなく読み始められるし、文章のジャンルがはっきりしなくてもいい。小説なのか思い出話なのか判断できないうちにあっさり読み終えるからこそ、文章の細部の手触りをまるごと楽しむことができる。

もちろん書くほうにとっても事情は同じで、ジャンルがあいまいだからこそ書ける言葉がきっとあるのだ。自分を縛るルールを脱ぎ捨てて、身軽になった言葉は美しい。

ここに集められた短文は、その魅力を端的に表している。どう見ても小説というものもあるが、書き手が自身の過去を語っているとしか思えないのにどうやら架空の場面がまぎれこんでいるもの、フィクションと現実のはざまに浮かんでいるようなもの、心のなかのつぶやきなどなど。

書き出しのところを引用して、その「正体のわからなさ」を知ってもらおう。〈子どもたちの名前は「ふねす」。たくさんいるけれど、全員ふねす。三歳から八十九歳まで、育ちもルーツも性も異なる子どもたちだけれど、ふねす〉(星野智幸「おぼえ屋ふねす続々々々々」)。〈私服の制服化、というのが流行っている。 これと決めた同一のデザインの服のみを複数着持ち、それ以外の服は極力排して、毎日決まり切った装いで過ごすというものだ〉(藤野可織「人から聞いた白の話3つ1白いシャツ」)。

ここから続く文章は、たぶん読者の予想どおりではないが、意味不明な方向へ展開するのでもなく、ただするすると元気に伸びていく。

言葉で書かれた作品を楽しむとは、本来はこういうことなのではないか。「判断」や「分類」を超えたところで遊ぶ心地よさを味わってほしい。