『どの子も違う――才能を伸ばす子育て 潰す子育て』(著:中邑賢龍/中公新書ラクレ)

人と違うことをすればいじめられるから

「個性を豊かに」と言いながら、学校などでは、自分の気持ちを隠して同化しないと仲間に入れません。「仲良くする」とはつまり、みんなと一緒に遊ぶことで、仲間から外れて一人でいると「可哀想な子」だと捉えられてしまう。

今「人と違うことをすればいじめられる」と考える子や親が多いようです。

だからこそ目立ってはいけない、自分の好きなことばかりするのは良くない、時には我慢して集団に合わせるのが必要と考えます。しかしそんな環境で育った子どもは、きっと大人になっても人と違うことをするのを強く恐れるはずです。

社会に出ても空気を読み、上司の意見に同調しながら働くことで認められるのが、今の日本かもしれません。しかし、現実として活発な議論ができないような組織から、変化やイノベーションは起きません。

やりたいことを我慢し、人の都合に合わせて行動する人は「優しい」と評価されますが、それはそれで、どこかおかしい。

いじめられないように、自分を殺して生きるなんてとても馬鹿げています。絶対に、いじめる方が悪いのですから。

 

大人に求められるのは”違い”を認めること

今の学校では一つの目標に向かい、協働して成果をあげることが重視されています。「みんな仲良く、元気良く」という言葉が絶対。現実としてそうなることを期待されているわけで、それに該当しない子どもはいじめられる傾向が強くなると言えます。

いじめられる子どもは素直に、その特性に従って行動しているだけなのに、ペースが違う、方向が違うといったことを理由に、いじめの対象になるわけです。

「好きなことをやりたかったとしても、人と違うといじめられてしまうし、やめた方がいい」と言われたら、言われた人は自己否定するしかありません。

私は繰り返し「子どもは皆違って、それでいい」と述べていますが、でも現実の世界でそれを通したら、子どもがいじめられてしまうと心配になっている人もいることでしょう。

だからこそ大人である私たち自らが違いを認め、ユニークさを評価し、それで社会の雰囲気を変えていく必要があるのです。

閉鎖的で、変わることのできない組織は必ず衰退していきます。一方で、私たちの手にはインターネットという、場所や立場を超えて発言し、人と結びつくツールがあります。枠を超えてダイナミックに結合する新しい社会を創造し、そちらを選んで生きていきましょう。