画:死後くん
コラムニスト・ブルボン小林が、人気のタレントや俳優、スポーツ選手などがあげる「愛読書」を読み、その作品と有名人に迫る! 「少しの間コートからはなれる」ことを表明した大坂なおみ選手の愛読書は『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』(アンドレ・アガシ著)だという。そこから見えてきた、テニスのトップ選手が戦っている相手とは?

※本稿は、『あの人が好きって言うから・・・有名人の愛読書50冊読んでみた』の一部を抜粋・再編集したものです。

愛読書がアガシの自伝

カタコトの日本語を喋る人が、知的レベルまでカタコトであるとは限らない。

大坂なおみ選手の快進撃を伝えるテレビが彼女の「今日は見に来てありがとう」とか「(食べたいものは? の質問に)カツ丼」のような無防備な言葉を「かわいい」と報じるのは、勇猛なプレーとのギャップがあればこそだろうが、そういう愛玩的な視線はときに、誤った侮りを相手に向けることになるだろう。

愛読書がテニス選手の先達、アガシの自伝というのも、侮ってしまいそうな「素直さ」の発露に思える(江夏の自伝を愛読書に挙げるプロ野球選手はいるだろうか)。

しかし、ちょっと読み進めただけで座り直す。これはタレント本的な軽薄な書物と一線を画す良書だ。異常なほどのスパルタでテニスを仕込む父親に鍛えられる幼少期から、細密な記憶を的確に描写して、ぐいぐいと読ませる。

少年時代、追い越し車線のドライバーと喧嘩した父親が運転したままダッシュボードから銃を出し助手席のアガシ少年の鼻の真ん前で撃鉄を起こした場面など、多くを語らずに父の怖さ、異様さを伝えるその文章のうまさに感心する(訳文は誤字だらけでそこは残念だが)。