『放蕩記』(著:村山由佳/集英社文庫)
母親への畏怖と反発から逃れられずに生きてきた小説家の夏帆。大人になり母との関係を見つめ直した時、衝撃の事実が――。村山さんの自伝的小説

村山 私が自分の実体験をもとにして性愛を描いた『ダブル・ファンタジー』は、母の認知症が確実なものとなってから書いた小説でした。母が本を読めるうちは絶対にできなかったことで、それがなぜかといえば、母を傷つけたくなかったからなのです。

青木 でも、だからといって、「本当は母のことが好きだった」とかではないんですよね。

村山 さすが青木さん(笑)。私、2歳くらいの頃にギャン泣きしている自分に母が向けた「ベロベロバー」を、はっきりと憶えているんです。今も時々夢に出てきて、そのたびに恐怖で叫んで飛び起きる。どれだけトラウマが根深いのかと嫌になります。人は簡単に「親には感謝しなくちゃ」とか至極もっともなことを言うけれど、話はそんなに簡単じゃない。

青木 いや、ホントですよ。

 

子どもを産んでないから母の愛がわからない?

村山 『放蕩記』のレビューには、「村山さんは子どもを産んでいないから母の愛がわからないのだ」というものが少なくなかった。親になって初めて親のありがたみがわかったという人がいるのも事実なので、反論できずにいたのです。

ところが、『母』を読んでいたら、青木さんが出産した直後、初孫に会いにいらしたお母さんに対して「わたしの大事なものに触らないで」と思ったという場面が出てきて。私は思わず涙が出そうになりました。そう、そんなに簡単じゃないのよ、って。

青木 私も、自分が親になったら母と劇的に和解できるんじゃないか、と期待していたのです。でもダメでしたね。母が愛おしそうに娘を見る顔を見て、「わたしはあなたからこんな無償の愛の眼差しを向けられたことがない」と思い、むしろ憎悪が増してしまったという……。私は母が幸せでいるところを見たくなかったのかな、と。

村山 すごくわかりますよ。でも、周囲の人に理解してもらうのは難しいですよね。

青木 元夫から理解してもらえなかったことはつらかったですね。離婚の要因の1つだったかもしれません。

村山 そうでしたか。