「35度までなら冷房いらん」
私は実家暮らしなのだが、わが家は極度の冷え症の血筋で、特に父はルーツをたどると伊予松山に祖先がいたからか、暑さにはめっぽう強い。「若い頃は、暑さがつらいと感じたことはないなあ」とのこと。冬場は、「寒いと細胞や血管が縮こまるようで苦手じゃ」が口癖だ。
両親そろって、「35度くらいまでなら冷房なんかいらん。電気代の無駄」と言う。さすがに近年の温暖化で熱中症が気になり、「除湿機能だけでも使えばだいぶ楽になるのに」と私が提案しても、「夏は暑いくらいでちょうどいい。汗をかいたら、代謝が促進されて細胞が活性化する」と真顔で却下されてしまう。おかげで、いっこうに職場の室温に体が慣れない。
どうも私は父に似たらしく、毎年11月半ばから4月頃まで、手足のしもやけに悩まされる。寒くなると眼の下に青いクマがくっきりと浮き、顔が青黒くむくむ。平熱は常に35度台で脈は遅い。一方で、真夏でもうちわが1本あれば平気で過ごせた。
そんなわけで冷房にはほとんど縁がなかったのに、職場で初めてエアコンが人工的に作り出す冷気を経験した。冷風に長時間当たり続けていると、皮膚の表面は冷たいのに、わきの下や足の裏にねっとりした変な汗をかく。お手洗いで鏡を見ると両わきに汗ジミがくっきり出ていて、ゾッとしたものだ。
やっと得た仕事だから辛抱しなくては
これまで、私はさまざまな仕事をクビになった。運転免許が取得できないくらい不器用なうえ、同僚に「おはよう」と挨拶するのも苦痛なほど人付き合いが苦手な性格なので、事務や営業も向いていない。
そんななか、30歳で派遣会社から紹介された今の仕事は、待遇は良くないものの、何とか首がつながっている。室内が寒いくらい辛抱しなければならない……と思うのだが、「オネエサン、蝋人形みたいやな。大丈夫か?」と、来場者のおじさんから心配されてしまう。
せめて体の内側から温めようと、ショウガやネギをせっせと摂り、夏でも温かい飲み物を口にするようにしているが、効果が出ているかははなはだ疑問だ。
同僚たちも、あの手この手で冷気を防ぐべく工夫をこらしている。とはいえ、服装の規定は厳しいから、あくまでお客様から見えない範囲でやるしかない。薄手のニットをシャツの下に重ね着する人、2枚のひざ掛けを縫い合わせ、さらに毛布を挟み込んだものを持参する人。
一番ポピュラーなのは、貼るタイプのカイロをジャケットの裏側などに仕込む方法だ。タイツの上に靴下を重ねばきする同僚も多いが、足がむくみやすい私には無理だった。