東京の子

著◎藤井太洋
KADOKAWA 1600円

オリンピックの熱狂後、
東京で若者たちは逞しく生きる

オリンピック開催後の東京はどんな都市になっていくのか。ITを始めとする新しい技術や社会制度はそこでどのような役割を果たすのか。そうした条件のもとで生きる21世紀の若者たちはどんな価値を信じ、未来を切り開いていくのか――。本書はそうしたいくつもの問いに答えてくれる、近未来を舞台にした青春小説である。

主人公はカリブと呼ばれる20代の青年。「仮部諌牟(かりべ・いさむ)」という名は、過去を隠すために他人の戸籍を買って得たものだ。児童養護施設で育った彼は高い身体能力をもち、パルクールと呼ばれる軽業的な身のこなしを得意とする。10代の頃に〈ナッツ・ゼロ〉という名でユーチューブに公開した動画がネットで人気を呼び、再生回数はのべ3億回を超えた。その広告料としてまとまった金を得た後、名前を変えて身を隠していたのだ。

新しい身分でのカリブの仕事は逃亡した外国人労働者を職場復帰させることで、いまはファムというベトナム人女性を追っている。彼女の恋人・水谷は、人口10万人を抱えるオリンピック会場跡地の経済特区につくられた〈東京デュアル〉という教育・就労複合施設にいる。ここに潜入したカリブは、奨学金の半額免除と引きかえにサポーター企業への就職を促すこの施設が、事実上の「人身売買」を行っていると訴える、大掛かりなゼネラル・ストライキに参加する。そしてこの混乱のなかで、一度は過去を捨てたはずの自分のアイデンティティの在り処を思い出すのだ。

グローバル化とIT化がいやおうなく進展するなかで、学ぶこと、働くことはどのような意味をもつのか。そのことを考えさせる本作が描き出す未来は、決して暗くはない。