野良猫・茶太郎が再び現れて

ついに会社を辞めようかとまで思いつめてしまった私。母は「しんどいなら辞めなさい」と言ったが、父は「結婚していないのに辞めて、これからどうするんだ」と猛反対。

そんな私に母はこれ以上迷惑をかけたくないと思ったのだろう。ある朝うれしい出来事があった。目が覚めると台所で包丁の音がするのだ。驚いて行ってみると、母が味噌汁を作っているではないか。その日は10分も経たずベッドに横になってしまったが、快復の兆しが見え始めた。

そして、その数日後、「今日から毎朝、近くの公園まで歩くことにした」と言い出したのである。私は内心無理だと思ったが、母の熱意に押され、10分程度付き添うことに。杖をつきながら懸命に歩こうとするが、ほんのわずかな傾斜がひどくつらそうである。

しかし、一休みしながら、母は歯をくいしばって自分に課したノルマを果たそうと頑張り続けた。そして、その傍らにはいつも、夢に出てきたあの野良猫の茶太郎がいたのである。

散歩をしようと玄関を出ると、待ち構えていたのか、どこからともなく茶太郎が現れる。スローペースで歩く母に甘えるようにまとわりつき、公園まで一緒に散歩するのだ。茶太郎との散歩はかなり効果があったようで、母の脚にはみるみる筋肉がついていった。1ヵ月が過ぎると家事をこなせるまでになり、退院後の定期検診では医師も驚くほどに快復したのである。

あれから10年。90歳の母は、近くのスーパーまで杖なしで買い物に行く。茶太郎は5年前に死んだ。母は最後まで茶太郎をかわいがり、弱ったときには病院に連れて行って、死んだときは火葬もしてやった。「歩けるようになったのは、茶太郎のおかげだよ」。母はいまもそう言って感謝している。


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