スキマスイッチの大橋卓弥さん(左)と常田真太郎さん(撮影:本社写真部)
「奏(かなで)」や「全力少年」の楽曲で知られる「スキマスイッチ」は結成22年。すべての楽曲の作詞作曲を二人で手掛けるという異色のユニットが、長く愛される曲を紡ぎ続けられる理由とは。大橋卓弥(おおはし・たくや)さんと常田真太郎(ときた・しんたろう)さんに、出会いから、ユニットの解散危機、コロナ禍で生まれた歌についてまで語りあってもらった。(構成=丸山あかね 撮影=本社写真部)

すっかり「全力中年」になりました

大橋 僕らも40代に突入したね。シンタ君(常田真太郎さん)は早生まれなんだけど43歳同士。改めて振り返ってみるとよくここまで来たなって気がする。

常田 スキマスイッチを結成したのは21歳の時だから、あれからもう22年か!

大橋 インディーズ時代を経て2003年にメジャーデビューしてすぐにヒット曲が出て、スキマは順風満帆だと世間の人は思っているみたい。でもそれって、僕らの認識とはズレがある。

常田 そうそう。僕らの代表曲のひとつは「奏(かなで)」だと思うんだけど、発表した2004年には、そんなに注目されていなかった。何年もかけてジワジワっと広がっていったんだよね。

大橋 今に至るまでCD売り上げでミリオンヒットもない。それでも幸いなことに歩み続けて来られたのは、2005年にセカンドアルバム『空創クリップ』がオリコンアルバムチャート初登場にして1位になって、「全力少年」で紅白歌合戦に出場したのが大きかったのかなと。

常田 まさか「全力少年」がこんなに長く歌い継がれるとは思わなかった。5枚目のシングルとしてリリースして以来、CMソングに起用されたり、映画の挿入歌になったり。最近も、ディズニー&ピクサー映画『2分の1の魔法』(2020年)の日本版エンドソングに選ばれました。

大橋 「全力少年」が親子で共有できるほど幅広い年齢層の人達に知ってもらえたのはすごく嬉しい。まあ僕ら、すっかり「全力中年」になっちゃったけど(笑)。

常田 作ってしまった以上、50代になっても60代になっても「僕らずっと全力で少年なんだ」と歌い続ける覚悟を決めました。(笑)

大橋 少年時代を回顧した歌なわけだけど、どんどん遠くなる。ホント、時が経つのは早い。