1970年代に官能小説で一世を風靡した作家・宇能鴻一郎さんさんは取材嫌いで知られ、実像は謎に包まれてきた。2006年の小説連載終了後、長く沈黙を保っていたが、21年に復刊された純文学短篇集が話題を呼び再ブームに。宇能作品をこよなく愛する近藤サトさんが宇能さんの邸宅を訪ねると…。今年から月刊化し大好評発売中の『婦人公論』4月号より特別に記事を公開します(構成=山田真理 撮影=宮崎貢司)
女の血、男の血
近藤 いま私、本当に感無量で、何からお話ししていいかわからなくなっております(笑)。まず驚嘆したのが、こちらのご自宅です。横浜の小高い丘の上に建つ堂々たる洋館で、なんと社交ダンスを楽しめる広大なボールルームまで備わっていて。
宇能 僕は昔から建築が大好きで、この家も自分で設計して思うままにつくったんですよ。
近藤 私にとって宇能先生は、15歳のころから憧れの方なのです。岐阜県の山奥で育った私は、手当たりしだいに本を読んでいました。何を読んでもどこか満たされない、悶々とした日々のなかでたまたま書店で手に取ったのが、先生の「鯨神(くじらがみ)」でした。
宇能 ほう、そうですか。
近藤 銛師(もりし)の青年と巨鯨の戦いがテーマの小説ですが、私は主人公の妻になる女性が墓石の上で出産する場面の鮮烈さに魅了されてしまって。まだエロスの「エ」の字も知らない子どもでしたが、陽光に照らされた石の上に鮮血がつーっと流れるシーンは強烈に印象に残っています。
宇能 男の血は決闘の血。エロスとタナトス(死)の物語です。