奈良橋さんが手がけた『SAYURI』(2005年)の撮影時にスタジオで撮った一枚。一緒に写っているのは、チャン・ツィイーさんが演じた「さゆり」の子ども時代の千代役の大後寿々花さん(写真提供◎奈良橋さん)

この仕事の素晴らしい点は、たくさんの俳優や制作者に会えること。皆さんそれぞれにワザや個性があり、大いに刺激されます。自分がキャスティングした俳優さんは、できる限り応援し、演技が高く評価されたときはまさにキャスティングディレクター冥利に尽きます。起用した俳優さんがどんどん成長していく姿を見るのもうれしいものです。

渡辺謙さんと最初にオーディションで会ったとき、私は「もう少し英語を勉強したほうがいいですよ」とアドバイスしました。謙さんはその後ちゃんと勉強され、オーディションで会うたびに、確実に英語力を高めているのがわかりました。「すごい努力家だな」と感心しているうち、ついにブロードウェイの舞台の主役に。私も大喜びしました。

キャスティングの際、俳優のスケジュールが合わないとか、英語ができないとかの理由で、「じゃあ別の人を探そう」となることがあります。運不運が大いに影響する世界ですから、それが、少しでも多くの俳優がチャンスを得る機会になれば、嬉しいことです。

反対に嫌なことは、ハリウッドの厳しい世界を垣間見ること。オーディションでいったん配役を決めておきながら、映画製作までに時間がかかり、その間に、「イメージが変わった」という理由で、別の俳優に替えられてしまったことがありました。

撮影のためにほかの仕事は断り、あれこれ準備していた俳優は、たまったものではありません。主役級にそんなことはないのでしょうが、それ以外の役はさっさと替えてしまう。厳しい競争の世界とはいえ、酷な話です。

『バベル』(2006年)の監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは明るくてパワーあふれる監督でしたが、感情の起伏も激しい人でした。彼の作品のキャスティングは本当に難しく、苦労しました。

この映画はモロッコ、アメリカ・メキシコ、日本が舞台です。日本のシーンに登場する聾者の女子高生チエコ役を決めるのに、若い女優を100人くらいオーディションしました。菊地凛子さんがズバ抜けていて、監督も「いいね」と言ったのでホッとしました。

でもそこからが地獄の始まりでした。