日本未公開映画の『MEMORY&DESIRE』(1998年)撮影時の奈良橋さん。この作品には、キャスティングディレクターとして参加していたが、監督の希望で出演することに。ヘアメイクをしているところ

金と人の多い中国が台頭

日本での撮影が始まるまでの半年間、監督からは「もっと他の候補を見たい」「実際に耳の聞こえない女優を見つけて」などの要求が次々出され、探し続けることになりました。聾者の方で候補になる人が見つかると、そのたびに凛子さんも呼ばれてオーディションをします。この役を勝ち取るために、凛子さんは本格的に手話の勉強を始めていました。

その後も、監督やアメリカ側のキャスティングディレクターの要求に何度も振り回され続けました。それでも最終結論が出ないので、私は監督に「アメリカのキャスティングディレクターの言葉ではなくて、自分の感覚で選んでください」とメールをして、結局、当初のとおり凛子さんに決まりました。

この半年間の苦労は何だったのだろうかと少々憤慨もしましたが、凛子さんはそんなプレッシャーにも負けず、決してあきらめなかったのが本当にすごかった。彼女はこの映画で、アカデミー助演女優賞にノミネートされました。それも納得の素晴らしい演技でした。

残念ながら現在、日本人俳優のキャスティングは減り、中国人のキャストが増えています。中国がハリウッド映画の製作にお金を出すようになったうえ、人口の多い中国では観客動員数もけた外れに多いからです。

今、ハリウッド映画は国内興行だけではもうからず、世界中での興行成績アップをねらっています。そうなると、中国はまたとない大きな市場。極端な話、アメリカでウケなくても、中国でウケればいいということになります。2013年公開のSF怪獣映画『パシフィック・リム』はそんな映画のひとつでした。

ハリウッド映画を取り巻く環境が目まぐるしく変わってきているのを実感しています。


《奈良橋陽子さん「Beautiful Name」》
【1】キャスティングディレクターの仕事とは
【2】『ラスト サムライ』という大きな挑戦
【3】100人オーディションして、ズバ抜けていた菊地凛子さんの苦労