医療現場でよく使われる「使い捨て物品」(提供:写真AC)

医療現場でよく用いられる「N95マスク」

もう一つ、医療現場でよく用いられるのが「N95マスク」である。空気感染リスクのある感染症を診療する際に、医療従事者が感染防御を目的に着用するものだ。空気感染する感染症の代表例は、麻疹(はしか)、水痘(水ぼうそう)、結核である。

咳やくしゃみによって飛び散った飛沫が感染源となるのが飛沫感染、飛沫の水分が蒸発し、より小さな粒子が感染源となるのが空気感染である。この小さな粒子を「飛沫核」と呼ぶ。飛沫核の大きさは直径5マイクロメートル以下、つまり、1ミリメートルの200分の1以下だ。

水分を含む飛沫は重いため、飛び散っても重力にしたがってすぐに落ちてしまう。ところが飛沫核は軽いため、長い時間、空気中を浮遊できる。離れたところにいる人にも感染させるリスクがあるのだ。

サージカルマスクでは五マイクロメートル未満の粒子による感染を防げないが、N95マスクは0.3マイクロメートルの粒子まで捕捉できる。これによって、空気感染する感染症からも身を守れるのだ。

とはいえ、N95マスクは、医療現場でもかなり限られたシチュエーションでしか使用しない。きちんと着用するとかなり息苦しく、長時間の着用はとても不可能である。あくまで感染リスクの高い限られた作業時のみ、短時間着用することを想定したものだ。もちろん患者が着用することも推奨されていない。

街中でN95マスクを着用している人を見かけたことがあるが、きちんと着用できているなら、息苦しさに耐えて歩き続けるのはかなり難しいはずだ。おそらく皮膚に密着できておらず、隙間が開いているのではないかと推測するが、それなら感染防御の効果は大きく低下してしまう。

市販の不織布マスクをしっかり着用するほうが、よほど目的にかなうはずである。

※本稿は、『すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険』(著:山本健人/ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。

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