酒井 壮大ですね! 宇宙は国際協力の場で、国境がないと聞きますが。

向井 今ではそうです。かつては、超大国のスペースレースといった様相でした。「日本上空は日本の空域」というような決まりが宇宙にはないので、より早く、多く行った国のものになるという考えだったのでしょう。

酒井 宇宙という陣地の取り合いになっていたのですね。

向井 けれど国連が「宇宙空間が平和目的に利用され、かつ宇宙活動から得られた恩恵をすべての国が共有できるようにする」と、国際宇宙法を制定した。つまり、宇宙はどの国にも属さないんです。

酒井 日本が宇宙開発に参加したのはいつからなのでしょう。

向井 有人宇宙飛行は80年代です。私がNASDA(現JAXA)に日本人宇宙飛行士の第1期生として選ばれたのも85年のことですから。

酒井 向井さんも、小さい頃から探求心が強い子どもでしたか?

向井 生物や自然科学系に興味があったので、ミジンコの形や飼っていた金魚の死などへの探求心は強くありました。でも本を読むことだって映画を観ることだって、「知らないことを知りたい」という探求心。だから、必ずしも宇宙だけがすべてとは私は思っていないんです。

酒井 宇宙というとスケールの大きさに圧倒されてしまいますが、日常のあちこちに探求心を発揮する場はあるんですね。