古い小型ラジオがキッチンで輝き始めた。そして息子が買ってくれたタブレットは投稿手段として必須アイテムとなった。しかし都合のいいネタはそう転がっていない。まずは聴きたい歌をリクエストしよう。そう思って聴き始めたのが、平日の朝8時から始まる音楽情報番組だ。

日課のウォーキングを番組開始までに済ませるため、何十年ぶりかに早寝早起き。そして、ドキドキしながらタブレットに向かう。採用ならば嬉しいが、不採用だと気分が悪い。コロナ禍の生活に思わぬハリとトキメキが生まれた。

一人暮らしの私を心配していた子どもたちも喜んでくれている。「みんなで盛り上がる曲」を募っている時は、「マツケンサンバ」をリクエスト。ラジオネームは「腰元ダンサーズ」にして見事採用された。毎回違うラジオネームを考えるのに、頭はフル回転だ。懐かしい曲に癒やされながら、時には身振り手振りで歌い出し、他人のエピソードに涙を流す。

 

社会と繋がっているみたいで元気が出る

「今日はラジオネーム『水色花束さん』のエピソードをご紹介します」。水色花束とは私のことだ。採用されたと気づく瞬間だ。茶碗洗いの手を止めて耳をそばだてる。息まで止める自分がおかしい。

[子どもの頃、近所に住む3歳年上のケイ君とそのお母様にずいぶん可愛がってもらいました。ケイ君は学校を卒業すると美容師を目指し横浜へ。もともと真面目で聡明なケイ君はその後の努力が実を結び、やがて雑誌に掲載されるほど立派になりました。お母様と私は大喜び。

そんなケイ君が久しぶりに帰省をした時のこと。私を見つけると『元気だった?』と声をかけてくれました。キラキラした眼差しと都会で流行りのロングコート。長身のケイ君は洗練されて眩しく輝いていました。それに比べ化粧っ気もなく、地元で地味に暮らす私は言葉もありませんでした。

しばらくしてケイ君は結婚。お母様が『港が一望できるとっても素敵な教会だったのよ』を繰り返し話しました。その度に遠ざかっていくケイ君の顔が浮かびました。あれから何十年も経ったのに、今でもこの曲を聴くとあの日の光景が蘇ります]

イントロが流れ、絶妙なタイミングでリクエスト曲がかかる。甘酸っぱいトキメキでいっぱいだ。フルコーラスに全身で聴き入ってしまう。曲の終わりの雰囲気に合わせたパーソナリティの話し方も絶妙だ。自分で文章を書きリクエストしておきながらジーンとした。