シルクロードブームの流れに乗って

歌番組に出演していた頃、私は「愛嬌がない」と言われていました。でもあれは、緊張していたからなのです。周囲の人に、「異邦人」というミステリアスな曲のイメージを保つようにと忠告されていたこともありました。

本当はおしゃべり好きで、ケラケラとよく笑う明るい性格。幼い頃から今に至るまで少しも変わっていません。私は一人っ子ですが、両親は放任主義でのびのびと育ててくれました。そのせいか天真爛漫を絵に描いたような子どもだったのです。

ただ、5歳から始めたクラシックピアノのお稽古のときだけは憂鬱でした。女の子が生まれたらピアノをやらせると決めていたという母の熱意が苦痛で……。でも今は母に心から感謝しています。あの時期に演奏の基礎や譜面の読み方を習得したことが、その後の人生へとつながっていくのですから。

結局、先生についてのレッスンは12歳でやめましたが、ビートルズの曲を奏でたいと思ったところから、独学でピアノを弾くことが楽しくなりました。テレビやラジオから流れてくる歌謡曲を自分なりにアレンジしたり、教会の日曜学校で覚えた賛美歌を弾いてみたり……。教会へ行ったのは、たまたま友達に誘われたから。賛美歌の意味はチンプンカンプンでしたが、美しい旋律に心を奪われたのです。今にして思えば、あれはその後の人生の伏線でした。

とはいえ私の賛美歌ブームはすぐに過ぎ去り、中学に入るとフォークソングブームに巻き込まれていきます。なかでも好きだったのがユーミンさんの曲。当時は簡単に譜面が手に入らなかったので、地道に耳でコピーしたものです。LPレコードを回して、この辺だったかな? と狙いを定めて針を落とすという作業を繰り返しながら。

やがて作詞作曲をするようになった私は、書き溜めた曲をプロに評価してもらいたいと考えるようになりました。そんな短大時代のある日、母が新聞の切抜きを持ってきて、「自作自演の人も募集中って書いてあるわよ」と教えてくれて。

それまでひとり悶々としていたけれど、何も行動を起こさずに終わるより、いっそアクションを起こしてから終わろうと決意し、自作曲を録音したカセットテープと譜面を投函しました。後になって、これがアイドルを発掘するためのコンテストだと気づいて、「しまった!」と思いましたが。(笑)

ところがどういうわけか一次審査を通過してしまい、オーディションに参加して自分の作った歌を弾き語りすることに。結局のところ落選し、就職活動に本腰を入れなきゃと思っていた矢先、オーディションを見ていたというCBSソニーの方から連絡をいただいたのです。短大の帰りに会社に寄って、作った曲を聴いていただくという日々が始まりました。でも、デビューが約束されていたわけではなく、あくまでも「お試し期間」だったので不安でした。