「私が手ごたえを感じるのは、人物の視点とか文体が決まったときが多いかな。その瞬間、物語が生まれていきますね。」(中島さん)

善悪がはっきりしている題材は難しい

角田 ただ、同世代の女性作家が、同時期に日本や世界が直面している問題を物語の背景にした偶然は面白いなと思って。中島さんは日本の入管制度について、以前から問題意識をお持ちだったんですか。

中島 17年3月に、茨城県の牛久入管収容所でベトナム人男性が亡くなる事件がありました。くも膜下出血で頭や首、胸の激しい痛みを訴え続けたのに、病院にも連れて行ってもらえなかった。友人の弁護士のSNSでそのことを知ったとき、「本当に日本で起きたこと?」「国の施設なのに?」とショックを受けちゃって。以来、入管事情に関するニュースが気になるようになったんです。

角田 善悪があまりにはっきりしている題材は、小説にするのが難しいじゃないですか。入管の問題にしても、人間を人間として扱わない側が100%悪いわけで。その善のほうの描き方は特に難しいと思う。取り上げることに、迷いはなかったですか。

中島 最初は迷いましたよ。善vs.悪のプロパガンダみたいなものを書きたいと思ったことはないし、そもそも気になっている問題をなんでも小説の題材にすればいいわけでもないし。ただあるとき、「理不尽に引き裂かれる恋人や家族の話でもあるんだ」と気がついて。それなら小説にできる、と思いました。

角田 私の場合、東京にオリンピック招致が決まってすぐのころに『タラント』の依頼を受けたので、新聞社から「東京オリンピックの話を入れてほしい」と言われたんです。でも私、それまでオリンピックを見たこともなくて。

「どうしよう」と思って歴史がもう少し浅いパラリンピックを調べてみたら、これがまあ面白い。そもそもパラリンピックは戦争の負傷兵のリハビリから始まったものだと知ったとき、ようやく書けるかも、という手ごたえがありました。