みんなで考えたい題材に光を当てるのも小説家の役目

中島 そういう感覚、わかります。私が手ごたえを感じるのは、人物の視点とか文体が決まったときが多いかな。その瞬間、物語が生まれていきますね。

角田 中島さんは同世代の作家のなかでも政治への関心が高い方だな、と以前から思っていて。

中島 えー、そんなあ。(笑)

角田 中島さんと平野啓一郎さんがいてくれるから、私はいつもすごく安心していられる(笑)。問題を正しく取捨選択し、きちんと発言できる人は限られていると思うから。

中島 角田さんご自身は?

角田 私はもっと些末なことが気になるんですよ。「電車の中で赤ちゃんが泣くと、車内の空気がすごく悪くなる」とか。10年前はこんなにギスギスしていなかったんじゃないか、というところから、モヤモヤについて考えてみたくなる。日常生活で「これ、気持ち悪い」と思ったことが小説の題材になるのはよくあります。

中島 その違和感を突きつめると社会が抱える課題に繋がるし、みんなで考えたい題材に光を当てるのも小説家の役目かもしれませんね。ただ難民や移民の問題も、私たちが体験したことではないので、正直に言えば「わからない」じゃないですか。

角田 最近の日本の傾向なのかもしれないですけど、たとえばロシアのウクライナ侵攻に対して発言すると、「当事者でもないのに、踏み込んだ発言をするな」とバッシングを受けることがありますよね。

中島 確かに、「頑張って戦争体験を引き継いでいきます」と誓う小学生は偉いんだけど、「いやいや、実際に体験していないことは引き継げないよ」と私自身も思います。だからといって、触れずに放っておけばいいというわけじゃない。わからないことを考えるのは、小説家の仕事のひとつかなあとも思うんです。

<後編につづく

【関連記事】
小説を書く原動力は「怒り」でも火種をそのまま燃やしちゃいけない。女性が発言できる社会に変わり、小説も変貌する中で書き続ける【角田光代×中島京子】
逃げ続けた人生にも、タラント―使命―は宿る。角田光代による慟哭の長篇小説『タラント』導入部を特別公開!
中島京子さん『やさしい猫』が第56回吉川英治文学賞を受賞。中島京子×小林美穂子「入管施設の被収容者への暴力はなぜなくならないのか」〈前編〉