マンハッタンはコロナで人影もまばら

夫は、頭ごなしにダメとは言わない人だが、周到に準備して話す必要があった。最大の懸念は子どもだ。夫は最初「君だけ行けばいい。僕と息子は夏休みに1ヵ月あそびにいくとかでいいのでは?」という意見だった。息子は当時、まだ小学2年生。日本語もまだ途上なのだからと渡米は早すぎるというのが、彼の考えだ。だけど、私は息子に海外体験をさせたいという欲が出ていた。

そこで夫を説得するために私が使ったのは、幼稚園からインターナショナルスクールに通った男友達の言葉だった。

「10歳までに耳を鍛えないと正しい発音はできない。アグネス・チャンみたいに文法は正しくても、発音は大人になってからだと難しい」

たとえ日本の勉強が少し疎かになっても、10歳以下でネイティブの発音に触れることが将来の英語教育に重要だと強調した。夫も日本の英語教育が貧弱なことは身をもって知っていた。黙っていたが彼は何回か頷いた。

次なる問題

次は資金だ。フルブライト奨学金は自分の留学には十分なお金だが、家族3人がニューヨークで暮らすには心もとない。自腹で追加すべき金額を数え、貯金の解約など、かき集められそうな資金を説明した。そして仕事をどうするか?夫と小さな会社を一緒にやっているため、スタッフのこと、取引先のこと、渡米前にするべき仕事、断る仕事なども話し合った。最後は義母と実母の渡米中のケアについて、私が用意できる最大のプランを説明した。

全ての説明を終えると、黙って聞いていた夫は、意外にあっさり同意した。特に息子の英語教育が彼の心を打ったようだ。「不安はあるが、子どもの経験のために行くべきだ。ただし、コロナが落ち着いたあとに」と強く言われた。この時は、まだワクチンができる前で、いつになったら落ち着くのかわからなかったから。でも、とにかく同行はしてくれることになり、彼からの資金提供もとりつけた。正直ホッとした。