自分の体験から得たものを、少しでも社会へ還元したい

妻のことを書くにあたって、本人の承諾を得られるとは思っていませんでした。しかし彼女は「苦しんでいる人はたくさんいるはずだから、ぜひ書いて」と即座に賛成してくれたのです。本が出来上がって一番喜んでくれたのも妻でした。今は認知症で内容を覚えられないせいもありますが、彼女は常に本を傍らに置いて、通算でもう50回以上は読んでいます。

この20年で私も一時は適応障害を発症するまで追い込まれました。それでも自分はまだ恵まれていたと思います。安定した収入はあるし、記者の仕事は融通が利くので、どこでも原稿を書くことができる。妻は体力が低下していたので暴力にも耐えられます。

しかし仮にこれが男女逆だったらどうでしょう。あるいは非正規雇用だったら。状況はもっと厳しかったはずです。だから自分の体験から得たものを、少しでも社会へ還元したいのです。

多くの人から「愛があるから寄り添い続けられたんですね」とも言われました。しかしこれは愛の話ではなく人権の問題です。愛があろうがなかろうが、苦しんでいる人たちが生きられる社会にしていかなければいけない。

ただ、社会が一足飛びに変わることは難しい。今、苦しんでいる人や家族が個人としてできることは二つあると思います。一つは「つながる」こと。私は今も依存症者の家族のための自助グループに通っていますが、同じ経験を持つ人々にずいぶん助けられました。

もう一つが「知る」ことです。たとえば家族が無自覚のまましている、「依存を継続できるように支えてしまう行動」を止めるだけで症状が好転することもある。こうした問題を知ることに、この本が寄与することができれば、妻も私もこれ以上の喜びはありません。