「近年、口の中の細菌が気管に入って誤嚥性肺炎になるのを防ぐため、口腔ケアが重要視されるようになりました。そのための口内の掃除も大事ですが、実はもっと重要なことがあります。それはしっかりと噛めて、飲み込める口の環境を作ること。噛めるようになれば唾液が出て口内もきれいになるし、飲み込みが良くなれば誤嚥も防げます」
これまで五島先生が訪問で診てきた患者は延べ2万5000人。当初は訪問歯科に関する情報も少なく、手探りで自分なりの治療法を見つけていった。
「外来診療では『悪いところを治す』のが仕事でしたが、在宅医療の世界では患者さんの『生活を支える』ことがミッション。その中で歯科医に求められたのが、食べる行為を支えることだったのです」
狭い部屋にモノがひしめき合うような住居では、治療ができるスペース作りから始めなければならない。また、高齢で円背(えんぱい・骨の歪みで脊柱が前に倒れた状態)となった患者の車椅子の前に膝をつき、下からのぞき込みながら治療したこともある。だが患者が「口から食べる力」を取り戻したときは、心からやり甲斐を感じると言う。
「入れ歯を調整することで、しっかり食べられるようになった80代の方がいました。それまではほぼ寝たきりで、起きている時間もまちまち。ですが、規則的に食事をするようになり、生活リズムが整ってきて。起床と就寝の時間が自然と一定になり、昼間の活動量が増えました。すると食事量も増えて体力がつき、ついには外出もできるようになったのです」