「しっかりと噛めて、飲み込める口の環境を作ること。噛めるようになれば唾液が出て口内もきれいになるし、飲み込みが良くなれば誤嚥も防げます」(五島朋幸先生)(撮影:本社写真部・奥西義和)
食べることは生きる喜びだという人も多いはず。食べ続けるためには、口腔内の健康維持が欠かせません。そこで、在宅介護を受ける人でも利用できる「訪問歯科診療」が注目を集めています(撮影:本社写真部・奥西義和)

歯医者さんが家にやってくる

東京都新宿区にある「ふれあい歯科ごとう」(以下、ふれあい歯科)の診察室で、歯科医の五島朋幸(ごとう・ともゆき)先生が往診用の鞄からタービン(歯を削る機器)と携帯用電源を取り出し見せてくれた。

「これが訪問診療で主に使っている器具です。僕は基本的に自転車移動だから身軽ですが、ポータブルのレントゲンを車に積んでいる先生もいますよ」

ふれあい歯科では、午前中は外来、午後2時から5時までは訪問を中心に診療している。

超高齢社会を迎え、「訪問看護」や「訪問介護」はポピュラーになったが、「訪問歯科」はまだ聞き慣れないかもしれない。しかしそのニーズは年々高まっている。五島先生は25年間も訪問診療を続けてきた、この分野の草分け的存在だ。

「大学病院に勤めていたころ、地域の訪問医をしている先生から『在宅医療の現場に歯医者さんがいないので、来てくれませんか』と頼まれたのが始まりです。往診に同行したら、高齢者はほぼ皆さん歯が残っておらず、入れ歯も使っていない。寝たきりで口の中の状態が悪い方が多く、なんとかしなければと思いました」

高齢になると、虫歯や歯周病があっても、体力的・精神的な負担が大きく、歯医者まで足を運ぶことが難しくなる。ましてや寝たきりとなれば、よほどのことがない限り治療の機会はない。だが歯や歯茎の状態、唾液や食べ物を飲み込む力といった口の機能と、全身の健康は密接にかかわり合っているという。