すぐに介護付きの高齢者住宅を探し、二人部屋がある施設に入居を決めた。引っ越し準備のために実家を訪れると、どの部屋も物であふれかえっている。エアコンのフィルターは、掃除をしたものの戻し方がわからなくなったのか、本体の上にそのまま載せられていた。

足が悪く入院がちの母に代わって父が家事を引き受けていたが、だんだんできることが少なくなっていったことがうかがえる。どんな思いで毎日を過ごしていたのか、考えるだけで胸が痛くなった。

施設への入居が完了し、夫婦で穏やかに生活する準備は整った。しかし、久しぶりに二人で24時間一緒にいると、父の異様な行動が母の目につくらしい。

ある日施設を訪れたら、父が呆然と立っていた。そのそばで母が、「智恵子、見て。お父さんがまたコーヒーを変なところにこぼしてる!」と、激怒している。その日の帰り際、父は私に言った。

「お父さんな、自分が変になってるのも、お母さんが一所懸命やってくれてるのもわかってる。でもやっぱり、みんなの前で怒られたりするとつらいねん」
私は、良かれと思って二人を同室にした自分を責めた。

母に何度父の病気の説明をしても、「口うるさく言ってるけど、深い意味はないから大丈夫」と、対応を改めようとしない。施設の方も対策を考えてくれたが、父の面倒は自分で見ると言って譲らないという。それがかえって、父の症状を悪化させることになった。

入居から1年半が経った頃、父は転倒して硬膜下血腫を発症し、遠方から見舞いに来た兄のこともわからなくなってしまった。私が病院を訪ねるたびに、「智恵子、一緒に帰りたい」と後を追いかけてくる。それが何よりつらかった。「また来るわ」と別れた2日後の朝、父は静かに息を引き取った。