弱々しくなった母が突然語り出して

母は一人になった。「お父さんはいつもニコニコして優しい人やった」と彼女は言う。「じゃあ、なんで優しくしなかったの?」と聞くと、「施設の人は、面倒をよく見てたなあって言ってくれるよ」と言い返された。

そして最後は、「本当にお父さんは幸せやわ。ころっと楽に死ねて」。そんなことを口にする母が、許せなかった。お父さんがどんなに不安だったかわからない? こんなに早く亡くなったのは、お母さんのせいじゃないの? 叫びたい思いを何度ものみ込んだ。

複雑な思いで日々を過ごすなか、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた。施設の母とは、週に1回、玄関フロアで話す程度に。その頃から母は、「お父さん、早く迎えに来てくれないかな」と口にするようになった。

コロナの感染拡大が少し落ち着いた頃、母から頼まれて通院につき添い、久しぶりに一緒に買い物をしてお昼ご飯を食べた。母はその間、「今日は智恵子と出かけられて、本当に良かった。一番楽しかった」と、何度も何度もくり返す。

父のことがあったので母と会うのがつらい時期もあったが、これだけ喜んでくれるならまた連れてこよう。そんなことを考えていたら、翌日、施設から「お母さんの意識がありません」と連絡が入った。