「ちばる食堂」で、市川さん(中央奥)が担当するのは厨房のみ。接客はすべて認知症のスタッフが行う(写真提供:ちばる食堂)

「ちばる食堂」を沖縄そばの店にしたのは、学生時代に調理師免許を取っていたのと、昔から沖縄が好きで何度も旅行したからだ。「ちばる」は「がんばる」の沖縄方言。また看板の店名の上には「ゆんたくの店」とある。ゆんたくは「おしゃべり」のこと。

「認知症の家族でもいない限り、この病気に触れる機会はなかなかありません。するとメディアから流れてくるネガティブなイメージばかりになる。でも人それぞれ個性があるように、認知症になっても個性があります。店でのコミュニケーションを通し、そのことに改めて気づいてもらえればと」(市川さん)

食堂を始める際、市川さんはハローワークではなく地域包括支援センターに求人を出した。雇用条件は、認知症であること。

「飲食店で食べ物を運ぶ仕事なので、排泄行動が自立していることと、会話のつじつまは合っていなくてもいいので、ある程度話せて歩行できることが条件。ランチタイムの11時から14時までの3時間で、時給は最低賃金より少し高い930円からスタートし、今は990円に上げました」

メニューはスタッフが注文を取りやすいようにと、最初はシンプルに3つに絞った。

「ところがまったく問題なく注文が通るんです。試行錯誤しながらメニューを増やし、今は20品目近くあるかな。ある時、スタッフが『お客さんが、トモヤ君というお子さんを探しています』と何度も言ってきました。

子どもなんかいないのにと思いながらお客さんに確認すると、トモヤ君じゃなくて『トムヤムクンそば』のことだった(笑)。以来、『トモヤ君そば』という名称に変えたら、人気メニューになって」

市川さんはこんなふうに気負わず、楽しみながら店を切り盛りしている。もちろんトラブルがないわけではない。スタッフ同士が些細なことから揉めたこともあった。だが市川さんはぎりぎりまで出ていかず、なりゆきを厨房から見守ったという。

「働く者同士の小さな衝突なんて、どこの職場でもあること。介護の仕事が長かったので介入したくなる時もあるけど、そこはスタッフを信頼して、なるべく余計なことはしません」