虎の穴みたいなところに、うっかり入り込んじゃって

酒井 いやいや、全然。若い頃は蛇口をひねるとほとばしる感じでしたけれど、加齢とともに変化が(笑)。それにしても、そもそも岸本さんが翻訳家になったきっかけは何だったのでしょう。

岸本 大学卒業後、会社勤めをしていたのですが、伝票1枚処理できないダメ社員で……。自分の居場所がほしくて、習い事でもしようと会社帰りに翻訳学校に通うことにしたのが最初の一歩です。

酒井 なぜ翻訳を?

岸本 中学生の時、夏休みに翻訳の宿題が出たのですが、先生に名指しで褒められたんです。それが人生唯一の成功体験として心に刻まれていたらしく、ぱっと思い浮かんだんでしょうね。

酒井 最初は〈手に職〉というより、習い事感覚だったのですね。翻訳の学校、楽しそうです。

岸本 それが、めちゃくちゃ厳しくて……。講師の中田耕治先生は「全員をプロにするつもりで鍛える」と言うし、ヒーッとなりましたよ。

酒井 お話に出てきた師匠ですね。

岸本 一応、大学の英文科出身ではあったものの、クラス全員のレベルが高く、ここでも劣等生に……。課題を提出するたびに、先生からけちょんけちょんに批評されて、「虎の穴みたいなところに、うっかり入り込んじゃったな」と、ひっくひっく泣きながら帰っていましたよ。でも奮起して、3年くらい真面目に勉強したんです。

酒井 虎の穴にも3年。(笑)

岸本 でも、どうやってデビューするのかがわからなくて。私の場合は運がよかったんです。会社でPR誌を作る部署にいたこともあり、ある出版社が至急翻訳してくれる人を探しているという情報が入ってきたので、「はい、やります!」と。会社に勤めながら1ヵ月で仕上げました。