「私の好きな筒井作品は『熊の木本線』です」(酒井さん)

ルールがぶち壊されていて本当に嬉しかった

酒井 語学ができるだけでなく、文学に対するセンスがあるからこその岸本訳であるわけですが、岸本さんの読書歴というと?

岸本 記憶が飛んでしまうほど衝撃を受けたのは、中学生の時に読んだ筒井康隆さんの『日本列島七曲り』。たまたま書店で見つけた本だったのですが、修学旅行の行きの列車で読み始めたら没頭しすぎて、旅行のことはまったく覚えていない(笑)。そのくらい面白かった。

酒井 修学旅行よりも中学生を夢中にさせた本!

岸本 私は幼い頃から人間社会というかルールが苦手で。そういう子どもって、本に救われたりするじゃないですか。でも、私はそれまで本に救われたことはなかったんです。

本は字でできているのだから何をやったっていいはずなのに、意外とちゃんとルールがあって、そのなかに収まっている本が多かったから。でも、筒井康隆さんの作品ではルールがぶち壊されていて、それが本当に嬉しかった。

酒井 端正なのに、ノールールな岸本エッセイの源はここに……。

岸本 ルナールの『にんじん』も、のめり込みましたね。10歳の時に、岩波フェチの父の本棚から手にとった1冊です。旧仮名遣いで漢字だらけだったから、自分ででたらめなルビをふって読んでいました。

しかも舞台は100年以上前のフランスで、自分の住む世界とまったく違う。言葉も古風で、「バター」が「バタ」だったり。

酒井 バタのほうがおいしそう。